レポート・コラム

【Business論説】不確実時代のリーダーシップ①

不確実時代のリーダーシップ①

宮脇淳
1. はじめに

 2024年は、世界人口の約半分を占める国々が選挙の年であり、政治的にも経済的にもこれまでになく混沌とした時代に入る。この時代において、企業をはじめとしたリーダーシップとは何かを2回に分けて問いかける。

2.リーダーシップ力とマネジメント力

 リーダーシップ力への従来の一般的認識は、「特性論」を背景に「個人的資質に基づくものであり教育的・組織的に培われるものではない」とされてきた。両者の違いが理論的にも指摘されたのは比較的新しく、1980年代に入ってからである。
 代表的なのは1988年に発表された「コッター・リーダーシップ論」である。この理論は、リーダーシップ力とマネジメント力の違いを明確に指摘し、リーダーシップ力に最も重要な要素を「ビジョンを掲げること」であるとして、変革を実現するための8段階を提唱している。1980年代に入り、二度のオイルショックを受けた先進国の成長力低下により、新たな経済社会の枠組みを構築するビジョンが強く求められたことなども、コッター・リーダーシップ論を生み出す背景となっている。
 リーダーシップ力とマネジメント力の違いについて具体的には、「マネジメント力」が「複雑な環境にうまく対処し、既存のシステムを運営」することであり、①計画立案と予算策定、②組織化と人材配置、③コントロールと問題解決が重視されたのに対して、「リーダーシップ力」は「組織をより良くするための変革」であり、①進路の設定、②人心の統合、③動機づけと啓発が重視される。
 AI、DX等変革の時代を迎え、「リーダーシップ」の必要性を強く指摘できる段階となっている。もちろん、従来型のマネジメントを否定するのではなく、組織内のマネジメントに加えて「リーダーシップ」の力を同時並行的に形成することが必要となっている。

3.リーダーシップ論の変遷

 リーダーシップ力とマネジメント力の違いを具体的に認識する前提として、リーダーシップに関する理論的変遷について整理する。

(1)リーダーシップ特性論(資質論)

 特性論は古典理論で、古くはプラトンの「国家論」、マキャヴェリの「君主論」などに登場する。優れたリーダーに共通する身体や性格、知能に関する研究で、「リーダーは作られるではなく、生まれながらに持つ資質である」と考える。

1)プラトン「国家論」は、「英知を持ったリーダーが国を治めよ」という哲人理論

 まずプラトン「国家論」は、「原始共産制的階級社会」を想定しており、共産主義と階級社会とを融合させて、超国家主義的な社会のあり方を理想としている。プラトンの考えは、すべての人間が平等ということはあり得ず、人間の能力や資質には歴然とした差があり、国家社会はこの差を前提にして構成し思慮に欠けた人間が統治をすべきではなく、国を守るべきものは勇気を持たねばならないとしている。

2)マキャヴェリ「君主論」は、権謀術数に長けたリーダー像

 次にマキャヴェリは、プラトンと異なり実際の政治活動に携わりながら、実践的視点から接近している。君主論の中核は現実主義(リアリズム)であり、政治で理想を追い求めるのではなく、政治独自の運動性を理解することが「よい政治」を生み出すとする。君主論では、①世襲制では、先代君主の統治を継続、②新たに生まれた国家では、君主自体の「力量」と「運命」が統治に影響、③君主は個の信念に固執せず、柔軟に運命を繰り力量でそれを味方にする、④国家の土台は「徳」ではなく、「よい法律」と「よい武力」としている。

3)トーマス・カーライル「リーダーシップ偉人説」

 そして、特性論代表格であるトーマス・カーライルは、「他より優れた何らかの資質を持ち合わせた偉人だけがリーダーとなり得る」と考え、リーダーシップを上手く「展開できる人」と「展開できない人」の差を、身長、体重、性格などで測定し、リーダーとしての資質を明確にしようとしている。この考え方は、1904年に「知能テスト」が開発されそれを活用しIQを個人的資質の測定として組み込むことでさらに発展している。知能テストは、スピアマンが一般知能の考え方を提案し,その後05年にビネとシモンが史上最初の知能テスト(ビネテスト)をパリで発表,さらに同年ユングが言語連想テストを発表している。但し、個人的資質を測る項目を多様化・精緻化するほど、資質の差が不明確化する課題を抱える結果となっている。

4) ストックディル特性論

 ストックディルは、トーマスのリーダーシップ偉人説を発展させ科学的な検証を進めている。リーダーシップと高い相関関係がある特性を調査し、「公正」「正直」「誠実」「思慮深さ」「公平」「機敏」「独創性」「忍耐」「自信」「攻撃性」「適応性」「ユーモアの感覚」「社交性」「頼もしさ」を指摘している。現実には特性の定義、測定、因果関係を明確化しきれず、リーダーシップ特性論の限界を自ら宣言している。
 以上の各特性論は、リーダーに普遍的に求められる資質が確定できないほか、リーダーシップの動態的影響過程(資質がフォロワーに与える因果関係)を解明するには至っていない。このため、外見的資質以外の点はフォロワーから認識することは困難であり、共通して認識可能なのはリーダーが示す行動であるとする批判が強まる結果となった。この流れが、次のリーダーシップ行動論に発展する。

(2)リーダーシップ行動論

 基本的に「リーダーは作られるものであり、生まれながらの資質ではない」と考え、リーダーとリーダーでない者の行動の違いに着目する理論である。「課題達成の機能(TASK)」と「集団を維持し人間関係に配慮する機能(RELATION)」を分け、整理する二次元モデルの視点が中心であり、行動科学の影響を強く受けている。行動科学は、人間行動の法則性を解明しようとするものであり、社会科学が社会システム全体の構造分析が中心であるのに対し、行動科学では社会システム内の個体間コミュニケーションや意思決定メカニズムなどに焦点を当てる。オハイオ州立大学やミシガン大学の二次元モデルが代表的研究例となっている。その中で、「マネジリアル・グリット論」は、リーダーシップの行動スタイルを「人間に対する関心」「業績に対する関心」の二軸から形成する二次元モデルとし、それぞれにどの程度の関心を持っているかを9段階に分けて測定している。

(3)条件適応理論(コンティンジェンシー理論・偶然偶発理論)

 1960年代に入り、状況が異なれば求められるリーダーシップも変わるとするリーダーシップ条件適応理論が提示される。「全ての状況に適応される、唯一絶対のリーダーシップ・スタイルは存在しない」という前提に基づき、どんな人でも適切な状況に置かれればリーダーシップ力を発揮出来るとする立場を表明する。このため、環境が異なれば有効な組織の形も異なる。また、安定期ではライン型の組織、市場急成長期や経済混乱による不安定な環境にはスタッフ型組織など、組織戦略は外部環境によって適切に変化するべきと考える。

1)フィドラー理論

 条件適用理論の代表格であるフィドラーは、1964年に「リーダーシップ・スタイルは集団が置かれている課題状況によって異なる」とする理論を展開している。リーダーシップとは資質ではなく、「状況に応じて役割を変える必要がある」と考え、リーダーシップの有効性に関わる条件変数を「状況好意性」で定義づけ3要素を設定し、3つの変数が高い場合にリーダーシップが発揮しやすい状況となり、低い場合にはリーダーシップを発揮するには不利な状況になるとする。その3要素は①リーダーが組織のフォロワーに受け入れられる度合い、②仕事・課題の明確さ、③リーダーが部下をコントロールする権限の強さとしている。さらに、リーダーシップ・スタイルは、「タスク中心・指示的なスタイル」と、「人間関係中心・非指示的なスタイル」に分けて整理している

2)パス・ゴール理論

 パス・ゴール理論はリーダーシップの本質を「フォロワーが目標を達成するため、リーダーはどのような道筋(パス)を通れば良いのかを示すことである」(関係論)とする考え方である。フォロワーの目標達成を助けることがリーダーの職務で、目標達成に必要な方向性や支援を与えることが組織の全体的な目標にかなう」とする。「指示型」、「支援型」、「参加型」、「達成型」の4つに分けて整理している。さらに、リーダーを取り巻く状況を、業務の明確さ、経営責任体制や組織等の「環境的要因」とフォロワーの自立性、経験、能力等の「部下の個人的な要因」に分けて分析している。リーダーとしての行動が環境的要因に対して過剰、あるいは部下の要因と調和しない場合はリーダーシップを発揮出来ず、逆にリーダーの行動が条件に適合している場合に、リーダーシップは発揮可能であるとする。

3)SL理論(Situational Leadership Theory)

 1977年にハーシィとブランチャードが提唱した理論で、フォロワーの成熟度によって、有効なリーダーシップ・スタイルが異なるとする。フィドラーのコンティンジェンシー・モデルの状況要因を掘り下げ、とくに成熟度に着目し発展させている。SL理論では縦軸を仕事志向、横軸を人間志向の強さとして4象限に分け、リーダーシップの有効性(指示決定の指導の強弱、説得・参加型スタイルなど)を高める方向性を示す。

4)カリスマ的リーダーシップ論

 1970年代後半から米国経済の停滞を背景に、組織間競争環境が深刻化し従来の延長線上ではなく、将来のビジョンを描く資質がリーダーに求められる時代となり生じたのがカリスマ的リーダーシップ理論である。マックス・ウェーバーのカリスマ性の指摘を1976年にハウスが再定義したもので、特性論の「先天的な資質」ではなく、「フォロワーにカリスマと認知されることで、リーダーはカリスマとなる」・「きわめて高水準の自己信頼とフォロワーからの信頼があることで、リーダーはフォロワーを目標に導くことが可能である」とした。フォロワーからの認知の視点から「具体的にどんな行動を取ればカリスマと認知されるのか」を、87年、コンガー・カヌンゴが①戦略ビジョンの提示すること、②リーダー自らリスクを取りフォロワーの規範となる行動を取ること、③現状の正しい評価を行うことを指摘している。

4.変革型リーダーシップ論

 1980年代後半以降本格化した理論であり、不確実かつランダムに変化する組織環境に対して組織を成功へと導く行動に焦点をあてた考え方である。ビジョンを提示しながらフォロワーを導き、動機づけ、組織変革を実現することが中核的な行動であるとする。変革型では、トップのリーダーシップに焦点を絞っている点に特色があり、①組織の転換期に活躍した企業経営者に臨床的ケーススタディが注目されたこと、②チェンジ型マネジメントが組織改革の面で中核的存在とされたこと、③不確実性に対するリーダーシップ研究の蓄積が薄かったこと、④以上の視点から交換型と変革型の区別が重視されはじめたこと、などが挙げられる。この交換型と変革型の区別は以下のとおりである。

(1)交換型リーダーシップ

 交換型は、従来のリーダーシップの基本的類型であり、「価値交換」で人を動かすことを柱とする。政治の世界では投票・選挙への協力とそれに対する見返り、民間や行政組織では目標達成と報酬の引き上げなどであり、その前提としてリーダーとフォロワーの関係が明確であり、フォロワーが何を望んでいるかをリーダーが把握し、フォロワーの貢献に対して提供する内容を明確にすることが必要となる。

(2)変革型リーダーシップ

 これに対して変革型は、フォロワーに対して価値交換の行使だけでなく、高いモラル性をもってフォロワーの価値観や態度を変化させることを基本とする。たとえば、資料の整理整頓ができていない人に対して、整理整頓した方が仕事の効率が上がることを納得してもらい自主的に整理整頓する姿勢を形成する方法であり、信賞必罰の価値交換のみに依存せずフォロワーを動かす点に特色がある。

(図表2)交換型と変革型の比較

宮脇淳(みやわきあつし)
株式会社日本政策総研代表取締役社長
北海道大学名誉教授

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