レポート・コラム

【公共コンサルと政策の視点】 指定管理者制度における人件費・物価スライド導入に関する一考察(松田睦己)(2026年7月29日)

1.   はじめに

 指定管理者制度の運用は、長らく「指定期間中、指定管理料は原則として据え置く」という運用がなされてきた。この運用は物価や賃金が安定していた時代には、自治体にとっては予算編成の予見可能性を高め、指定管理者にとっては事業計画の安定性を確保する仕組みとして機能してきた。
 しかし、足元では最低賃金、水道光熱費、燃料費、再委託費等の上昇により、この前提が揺らいでいる。とりわけ、人件費比率や再委託比率の高い施設においては、指定期間の途中で初年度に組んだ収支計画と実態が乖離するリスクが高まっている。指定期間中の価格変動を指定管理者側に過度に負わせる運用は、応募意欲や履行継続可能性を低下させる一因となる。
 こうした環境の変化を受け、国は官公需における価格転嫁の徹底や、デフレ時代に固定化された制度の見直しを打ち出している[1]。また、総務省も原材料価格やエネルギーコスト、賃金上昇等に関する指定管理者制度・民間委託等の運用上の留意点を累次にわたり示してきた[2][3]
 これらを踏まえると、指定管理における物価・人件費変動への対応は、もはや個別自治体の例外的対応にとどまるものではなく、制度運用上、正面から検討すべき論点となっている。その一方で、国が示しているのは主として留意事項や具体的対応事例であり、指定管理者制度について、対象経費、参照指標、発動条件、算定式、年度協定変更、実績確認等を全国一律に定める標準制度が示されているわけではない。
 本稿では、指定管理における人件費・物価スライドを導入している先行自治体の事例をもとに導入パターンや導入検討時の論点を整理する。

2.  人件費・物価スライドが求められる背景

 指定管理者制度における人件費・物価スライドが求められる背景として、主に以下の点が挙げられる。
 第一に、指定期間の時間軸の問題である。指定期間は多くの場合3年から5年程度に及び、施設や自治体によってはそれ以上の場合もある。その間に最低賃金、水道光熱費、燃料費等は複数回変動し得る。低インフレ期には許容できた予測誤差が、現在の環境下では、収支計画と実態が乖離する要因となっている。
 第二に、指定管理者の収支構造の問題である。多くの指定管理業務では、人件費、法定福利費、再委託費、水道光熱費、燃料費が運営費の大きな部分を占める。このため、コスト変動の影響を受けやすいという構造的特性を有する。
 第三に、人材確保の問題である。最低賃金の上昇と、清掃・警備・施設管理・給食調理等の業務における人手不足は、現場人員の賃金水準を押し上げている。指定管理料が据え置かれたまま賃金だけが上昇すれば、収支構造は次第に悪化する。
 これらにより、応募者数の減少、応募者一者化、辞退、撤退、次期公募への不参加といった形で問題が顕在化するリスクが高まっている。実際、総務省通知等でも、指定管理者制度における応募団体の少なさ、一者のみの応募、適正な指定管理料の設定、コスト上昇への対応等が課題として示されている[4]。ここで重要なのは、これを単なる「事業者の経営問題」として捉えるのではなく、「自治体が履行可能な価格で公共サービスの担い手を確保し続けられるか」という、発注者側の調達機能の問題として位置づけることにある。スライド制度は、まさにこの視点から導入を検討されるべきものである。

3.  人件費・物価スライドをめぐる国の動向

 次に、人件費・物価スライドをめぐる国の動向を概観する。総務省は、累次の通知において、原材料価格、エネルギーコスト、賃金上昇等への対応について自治体に留意点を示してきた。指定管理者制度に関する主な通知の流れを整理すると、図表1のとおりである。

(図表1)人件費・物価スライドをめぐる国の主な通知・計画

発出日・決定日

通知・計画名

概要

主な内容

平成22

12月28

指定管理者制度の運用について

(総務省)

指定管理者制度の運用全般に関する留意事項を示した通知

制度導入の趣旨、選定手続、協定締結、モニタリング等、制度運用全般の基本的な留意事項を整理。

令和4年

10月11

原材料価格、エネルギーコスト等の上昇に係る指定管理者制度の運用の留意点について

(総務省)

物価上昇局面における指定管理者制度の運用上の留意点を示した通知

原材料費・人件費・エネルギーコストの増加を考慮し、リスク分担や協定上の取扱いが不明確な場合における協議対応の必要性を整理。

令和5年

11月13

資材価格の高騰、賃金上昇等に係る民間委託等の運用の留意点について

(総務省)

民間委託契約の運用上の留意点を示した通知

行政サービスのオープン化・アウトソーシング等において、資材価格や賃金上昇の影響を考慮した適切な契約運用を地方公共団体に求めるもの。

令和5年

12月26

自治体施設の光熱費・施設管理等の委託料の増加への対応について

(総務省)

光熱費・施設管理委託料の増加への対応に係る財政措置を示した通知

令和6年度地方財政対策として、委託料の増加に対応するため、一般行政経費(単独)に700億円を計上し、適切に対応することを求めたもの。

令和6年

4月1日

指定管理者制度等の運用の留意事項について(総務省)

指定管理者制度の運用全般に関する留意事項を改めて示した通知

人件費・物価高に対応するため、賃金スライド制度等の運用事例や、過去の通知をあわせて紹介。

令和6年

12月5日

資材価格の高騰、賃金上昇等に係る民間委託等の運用の留意点について(総務省)

民間委託契約における価格変動対応に関する留意点を示した通知

行政サービスのオープン化・アウトソーシング等において、重点支援地方交付金を公共調達における労務費を含めた価格転嫁の円滑化や、自治体の施設運営に活用するよう求めるもの。

令和7年

1月8日

自治体施設の光熱費・施設管理等の委託料の増加への対応について(総務省)

光熱費・施設管理委託料の増加への対応に係る財政措置を示した通知

令和7年度地方財政対策として、委託料の増加に対応するため、一般行政経費(単独)に1,000億円を計上し、適切に対応することを求めたもの。

令和7年

6月13

新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画 2025年改訂版(内閣官房・閣議決定)

官公需における価格転嫁の徹底等を盛り込んだ政府の実行計画

官公需における価格転嫁の徹底や、デフレ時代に固定化された官側制度の見直しを掲げ、公共調達における労務費・物価転嫁を政府方針として明示。

令和7年

6月26

資材価格の高騰、賃金上昇等への対応状況に係るフォローアップ調査のとりまとめ結果及び指定管理者制度等の運用の留意事項について

(総務省)

フォローアップ調査結果と指定管理者制度の運用上の留意事項を示した通知

資材価格・賃金上昇への対応状況に係るフォローアップ調査結果を整理するとともに、指定管理者制度等の運用上の留意事項を示したもの。あわせて、具体的な対応事例も参考として提示。

(出典)筆者作成

 総務省は、平成22年の「指定管理者制度の運用について」において、制度運用全般の留意事項を示した。その後、令和4年10月には、原材料価格、エネルギーコスト等の上昇に係る指定管理者制度の運用上の留意点を示し、協定上の取扱いが不明確な場合における協議対応の必要性を整理している。
 さらに、令和5年11月には、資材価格の高騰、賃金上昇等を踏まえた民間委託契約の適切な運用が、令和5年12月には、自治体施設の光熱費・施設管理等の委託料の増加への対応として、令和6年度地方財政対策における財源措置がそれぞれ示された。これらの動きは、指定管理だけでなく、自治体の外部化・委託化された公共サービス全体において、価格変動を契約・協定・財政措置の各局面でどう扱うかが政策課題となっていることを示している。
 令和6年4月には、指定管理者制度等の運用全般の中で、資材価格・賃金上昇への対応が改めて位置づけられ、賃金スライド制度等の具体的な運用事例も紹介された。令和6年12月には、民間委託契約における価格変動対応に関する留意点として、重点支援地方交付金を公共調達における労務費を含めた価格転嫁の円滑化や自治体の施設運営に活用するよう求める通知が発出されている[5]。令和7年1月には、再び自治体施設の光熱費・施設管理等の委託料の増加への対応として、令和7年度地方財政対策における財源措置が示されており、財政面からも継続的な手当てが講じられていることがわかる。
 令和7年6月には、「新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画2025年改訂版」において、官公需における価格転嫁の徹底や、デフレ時代に固定化された官側制度の見直しが掲げられた[6]。同月、総務省は、資材価格の高騰、賃金上昇等への対応状況に係るフォローアップ調査結果と、指定管理者制度等の運用上の留意事項を示している[7]
 これらの流れから読み取れる国の立場は、期中の価格変動を制度運用の中で適切に扱う必要があるという点で一貫している。ただし、指定管理者制度には、建設工事における全体スライド・単品スライド・インフレスライドのような全国共通の標準手法は存在しない[8]。総務省が示した具体的対応事例も、あくまで参考事例であり、各自治体にそのまま適用できる統一モデルではない。
 このため、各自治体は、対象施設をどう絞るか、対象経費は人件費に限るか水道光熱費等も含めるか、どの統計指標を用いるか、算定結果を翌年度予算・補正予算・年度協定変更にどう接続するか、実績確認をどう行うか等の具体的な運用方法は自前で設計する必要がある。つまり、人件費・物価スライドの必要性は共有されつつある一方、具体的な運用はこれから詰めるべき段階にある。

4.  先行自治体の制度設計の類型

 指定管理における物価・人件費変動への対応は価格調整方法の切り口から、「(1)協議・見直し条項型」、「(2)スライド型」に大別できる。さらに「(2)スライド型」は、一定以上の変動があった場合に算定式を適用する「①発動条件付き算定型」、一定以上の変動という発動条件を置かず毎年度算定する「②毎年度算定・スライド型」、毎年度算定しつつ一定のリスク控除を置く「③毎年度算定・リスク控除付きスライド型」に分類できる。

(図表2)人件費・物価スライドの制度設計パターン

類型

実施契機

算定方法

メリット

デメリット

協議・見直し

条項型

著しい
変動時等

個別協議

(自治体)個別事情に応じて対応しやすい

(事業者)協議の余地を確保できる

(自治体)判断が個別化しやすい

(事業者)見直し額の予見可能性が低い

発動条件付き
算定・スライド型

一定以上の
指標変動時

事前設定

(自治体)増額対象を限定しやすい

(事業者)発動時の算定根拠が明確

(自治体)どの水準で発動させるかの判断が難しい

(事業者)小幅な変動は反映されにくい

毎年度算定・

スライド型

毎年度

事前設定

(自治体)ルールに基づき運用しやすい

(事業者)価格変動が反映されやすい

(自治体)毎年度の財政措置が必要になりやすい

(事業者)実績確認等の事務負担が生じる

毎年度算定・

リスク控除付き

スライド型

毎年度

事前設定

(控除あり)

(自治体)負担調整の余地を残しやすい

(事業者)一定程度の価格変動対応を受けられる

(自治体)算定・説明が複雑になりやすい

(事業者)控除分は自己負担として残る

(出典)筆者作成

(1)  協議・見直し条項型

 協議・見直し条項型は、物価・人件費の著しい変動、不可抗力、特別の事情等が生じた場合に、指定管理料の見直しについて協議できることを定めるパターンである。このパターンには、単に「必要がある場合は協議する」と定めるものだけでなく、「大幅な物価変動」「災害その他指定管理者の責めに帰すことができない外的要因」「協定時に見込まれていない特段の事情」など、協議に入る契機を一定程度具体化しているものも含まれる。もっとも、対象経費、参照指標、算定式、控除率、反映年度等をあらかじめ定め、見直し額を機械的に算定する仕組みではないため、厳密な意味でのスライド制度ではない。
 この型の代表例として、島根県の取扱いが挙げられる。同県は、総務省の具体的対応事例において、物価上昇等に伴う指定管理料の見直しを基本協定上の不可抗力条項との関係で整理した事例として紹介されており、指定管理者との覚書、事業報告書における人件費・施設維持管理費の決算額比較、翌年度補正予算による過不足調整を組み合わせて対応している。これは、単なる白紙協議ではなく、協議・見直し条項型の中では制度化が進んだ事例である[9]

(2)  スライド型

 スライド型は、対象経費、参照指標、発動条件、算定方法、反映方法をあらかじめ定め、指標変動に基づいて指定管理料の見直し額を算出するパターンである。協議、予算措置、年度協定変更等の手続を経る場合であっても、協議の前提となる客観的な算定ルールが存在する点に特徴がある。もっとも、スライド型の内部にも設計差がある。特に重要なのは、価格変動リスクを指定管理者と自治体の間でどのように分担するかである。一定範囲の価格変動を指定管理者の通常リスクとして残すのか、指標変動を毎年度指定管理料に反映するのか、あるいは毎年度算定しつつ一定額を控除するのかによって、制度の性格は異なる。
 当該類型は、さらに「①発動条件付き算定・スライド型」、「②毎年度算定・スライド型」、「③毎年度算定・リスク控除付きスライド型」に分類できる。

①  発動条件付き算定・スライド型

 発動条件付き算定・スライド型は、賃金・物価水準を示す指標に一定以上の変動があった場合に限り、あらかじめ定めた算定式に基づいて指定管理料を増減する型である。一定水準に達しない変動については制度を発動せず、指定管理者の通常リスクとして残すため、事業者負担は相対的に大きい。一方で、自治体側から見ると、小幅な変動を毎年度反映しないため、財政負担を制御しやすい。代表例としては、令和9年度以降に指定期間が開始する施設への適用を予定している埼玉県のスライド制度が挙げられる[10]

②  毎年度算定・スライド型

 「毎年度算定・スライド型」は、一定以上の変動という発動条件を置かず、毎年度、参照指標の変動率に基づいて見直し額を算定し、翌年度以降の指定管理料に反映する型である。発動条件付き算定・スライド型が一定範囲の価格変動を指定管理者のリスクとして残すのに対し、毎年度算定・スライド型は指標変動をより直接的に指定管理料へ反映する。したがって、指定管理者側に残る価格変動リスクは相対的に小さい。代表例としては、指定期間2年目以降、毎年度、雇用形態別の賃金水準指標に基づいて見直し額を算定し、翌年度の指定管理料に反映する横浜市の賃金水準スライド制度が挙げられる[11]

③  毎年度算定・リスク控除付きスライド型

 毎年度算定・リスク控除付きスライド型は、毎年度算定を行いつつ、一定率または一定額を指定管理者の負担分として控除し、その残額をスライド額として扱う型である。毎年度、指標変動を把握する点では毎年度算定・スライド型に近いが、算定額の全てを指定管理料に反映するのではなく、一定範囲を指定管理者の通常リスクとして残す点では発動条件付き算定・スライド型に近い。したがって、指定管理者のリスク負担は、発動条件付き算定・スライド型より小さく、毎年度算定・スライド型より大きい中間的な水準に位置づけられる。
 代表例として、札幌市の賃金スライド制度が挙げられる。同市は、選定時に計画した人件費に賃金水準の変動率を乗じて算出した金額から、1年目の人件費計画額の1%に相当する控除額を差し引いてスライド基準額を算出する[12]。これは、通常想定される賃金変動を指定管理者のリスクとして残しつつ、それを超える変動を制度上調整する考え方に基づくものである。単に指標変動をそのまま反映するのではなく、毎年度算定・スライドとリスク分担を組み合わせた制度である。

5.  対象経費の設計

 対象経費の範囲は、制度の実効性と運用可能性を左右する。対象を狭く設定すれば、確認資料が少なく、算定や協定変更の事務負担を抑えやすい。一方で、実際に価格変動の影響が生じている費目を対象外とすれば、指定管理者の収支悪化を十分に補正できない。反対に、対象を広く設定すれば、実態に即した調整はしやすくなるが、証明資料の確認や実績確認の負担は大きくなる。
 先行事例を整理すると、対象経費の考え方は、「(1)直接人件費型」、「(2)人件費・委託費型」、「(3)複合経費型」の3つに大別される。

(図表1)対象経費別パターン

類型

対象経費

注意点

直接人件費型

指定管理者が雇用し指定管理業務に直接従事する職員の人件費

再委託費として現れる賃金・物価上昇を捉えにくい

人件費・委託費型

直接人件費、清掃・警備・設備保守等の業務委託費

委託費の内訳や、増額分の委託先への反映状況を確認する必要がある

複合経費型

人件費、業務委託費、水道光熱費、燃料費等

対象範囲が広く、算定・確認手続が複雑になりやすい

(出典)筆者作成

(1)  直接人件費型

 直接人件費型は、指定管理者が直接雇用し、指定管理業務に直接従事する職員の人件費を対象とするパターンである。横浜市の賃金水準スライド制度では、指定管理者から直接雇用されている職員を対象とし、再委託先職員や人材派遣職員は対象外とされている[13]。対象の切り分けが比較的容易であり、給与台帳や配置表で確認しやすい。制度趣旨も明確で、導入初期のモデルとして合理的である。
 もっとも、直接人件費型には限界もある。指定管理業務では、清掃、警備、設備保守、受付、給食調理等を再委託している施設も多い。このような施設では、賃金上昇や物価上昇の影響が、指定管理者の直接人件費ではなく、再委託費として現れることがある。その場合、直接雇用職員の人件費だけをスライド対象としても、施設運営上のコスト増を十分に捉えられない懸念がある。

(2)  人件費・委託費型

 人件費・委託費型は、直接人件費に加えて、清掃、警備、設備保守等の業務委託費を対象に含めるパターンである。再委託依存度の高い施設では、指定管理者本体の人件費だけでなく委託先の労務費や管理費の上昇も指定管理料に影響する。したがって、業務委託費を対象に含めることは、収支実態を反映するためにも合理性がある。
 この型の代表例として、仙台市の制度が挙げられる。同市は、指定期間2年目以降の人件費および物件費の一部について見直し計算を行う制度を導入している。人件費については、指定管理者が直接雇用し、指定管理業務に従事する職員を対象とする一方、物件費については、管理業務の一部を第三者へ委託する場合の委託費を対象としている[14]。これは、直接人件費に加えて、再委託に伴う費用上昇を制度上捕捉する設計であり、人件費・委託費型の典型例である。
 ただし、委託費を対象に含める場合は、再委託契約の内容、委託費の内訳、増額分が委託先に適正に反映されたかを確認する必要があるため、直接人件費型よりも事務負担は大きくなる。実際に、仙台市も、スライド額の人件費および物件費への反映状況について、反映状況調査票により確認する仕組みを置いている[15]

(3)  複合経費型

 複合経費型は、人件費、業務委託費、水道光熱費、燃料費等を含める型である。温浴施設、屋内スポーツ施設、文化施設、給食関係施設のように、エネルギー使用量が大きい施設では、電気、ガス、燃料等の価格変動が収支に大きな影響を与える。このような施設では、人件費や委託費だけでなく、水道光熱費や燃料費まで含めた調整が実態に合いやすい。
 複合経費型の代表例として、埼玉県の制度が挙げられる。同県は、人件費に加え、業務委託費、水道光熱費・燃料費まで対象に含めている。さらに、対象経費計算書の提出や、必要に応じたヒアリング・資料提出を組み合わせる設計としている[16]。これは、対象経費を広く取る場合には、算定だけでなく確認手続まで制度化する必要があることを示している。

  以上を踏まえると、対象経費の設計では、施設特性に応じて、どこまで価格変動を制度上捕捉するかを判断する必要がある。直接人件費型は、確認可能性が高く、制度導入のハードルが低い。一方で、再委託依存度が高い施設では、人件費・委託費型により業務委託費を対象に含めなければ、収支実態を捉えにくい。さらに、エネルギー負担が大きい施設では、複合経費型により水道光熱費や燃料費まで含める必要がある。
 ただし、対象を広げるほど、証明可能性と事務負担の問題は大きくなる。再委託先、派遣労働者、本社間接部門の費用まで広く取り込もうとすれば、確認資料が膨らみ、制度は運用しにくくなる。また、複数の費目を対象にする場合、算定、確認、協定変更、実績確認の手続も複雑になる。したがって、対象経費の範囲は、制度の精緻さだけでなく、確認可能性、事務負担、財政措置との接続可能性を踏まえて決定する必要がある。
 実務上は、まず直接人件費型から始め、施設特性に応じて人件費・委託費型や複合経費型に拡張する段階的な設計が考えられる。とりわけ、全施設一律に複合経費型を導入するのではなく、再委託比率やエネルギー負担の大きい施設について、対象経費の拡張を検討するほうが運用しやすいと考えられる。

6.  参照指標の選定

 スライド制度における参照指標の設定は、指標の客観性だけではなく、公表時期やタイムラグ、予算編成・協定変更との相性、庁内外への説明可能性を含めて検討する必要がある。精緻な統計であっても、公表時期が遅く、予算編成や年度協定変更に間に合わなければ、指標として不適切である。したがって、参照指標は統計として正確かだけでなく、実務で使えるかという観点から選定することがポイントである。以下では、(1)人件費関連指標と(2)物価関連指標にわけて参照指標を整理する。

(1)  人件費関連指標

 人件費関連指標を指標の性質、主な対象、利点、留意点で整理すると図表2のとおりである。

(図表2)人件費関連指標の比較

指標

指標の性質

主な対象

利点

留意点

地域別最低賃金(厚生労働省)

都道府県ごとの最低賃金額

非正規職員

現場賃金との連動性が高く、説明しやすい

正規職員や専門職の賃金実態は捉えにくい

民間給与実態調査(各都道府県・政令指定都市人事委員会)

地域の民間給与水準を把握する調査

正規職員

地域性を反映しやすい

公表時期、調査対象、集計区分が自治体ごとに異なる

毎月勤労統計調査(厚生労働省)

雇用、賃金、労働時間の月次統計

人件費全般

公表頻度が高く、年度サイクルに組み込みやすい

地域差、職種差、施設ごとの人員構成を反映しにくい

賃金構造基本統計調査(厚生労働省)

職種、年齢、雇用形態、企業規模別の賃金統計

人件費全般

職種別・属性別の分析に有用

タイムラグが大きく、機動的な年度見直しには使いにくい

民間調査・求人データ等(民間事業者・民間調査機関)

求人賃金、募集時給、採用市場動向等の民間データ

人件費全般

速報性が高く、足元の市場実態を把握しやすい

継続性、透明性、説明可能性にばらつきがある

(出典)筆者作成

 地域別最低賃金は、清掃、警備、受付、給食調理等、現場賃金が最低賃金に近接する業務で用いやすい。一方で、正規職員や専門職など、最低賃金水準から離れた職種には適合しにくい。
 民間給与実態調査は、地域の民間給与水準を反映しやすく、正規職員相当の賃金水準を説明する指標として有力である。毎月勤労統計調査は、公表頻度が高く、年度途中の賃金動向を比較的早く把握できるが、地域差や職種差は捕捉しづらい。
 賃金構造基本統計調査は、職種別・属性別の賃金実態を把握するには有用であるが、タイムラグが大きく、機動的なスライド算定の主指標にはなじみにくい。
 また、求人賃金、募集時給、職種別賃金、採用市場動向等の民間調査・求人データも補助指標となり得る。公的統計より速報性が高く、足元の人材需給を把握しやすい点に利点がある。ただし、調査対象、地域区分、継続性、算定方法の透明性にはばらつきがあるため、主指標として用いる場合には慎重な検討が必要である。

(2)  物価関連指標

 物価関連指標を指標の性質、主な対象、利点、留意点で整理すると図表3のとおりである。

(図表3)物価関連指標の比較

指標

指標の性質

主な対象

利点

留意点

消費者物価指数・総合(総務省)

家計が購入する財・サービス全体の価格変動

物価全般

認知度が高く、説明しやすい

家計物価中心で、事業者コストとずれる場合がある。水道光熱費等を別建てで調整する場合は重複に注意

消費者物価指数・生鮮食品を除く総合(総務省)

生鮮食品を除いた家計物価の変動

物価全般

一時的な生鮮食品価格の変動を除ける

エネルギー価格が含まれるため水道光熱費・燃料費との重複に注意

消費者物価指数・生鮮食品及びエネルギーを除く総合

(総務省)

生鮮食品とエネルギーを除いた基調的物価動向

物価全般

エネルギー価格の急変に左右されにくい

水道光熱費・燃料費の変動を反映しない

企業向けサービス価格指数

(日本銀行)

企業間サービス取引価格の変動

物件費、サービス費、委託費

事業者間取引の価格変動を反映しやすい

対象費目との対応関係を確認する必要がある

建築保全業務労務単価(国土交通省)

建築保全業務に係る労務単価

清掃、警備、設備保守等

施設管理業務の委託費に近い

対象業務が限定的

企業物価指数

(日本銀行)

企業間で取引される財の価格変動

物品、資材、消耗品等

事業者取引価格を反映しやすい

サービス費用が含まれない

小売物価統計調査(総務省)

地域別の小売価格

水道光熱費、地域差のある価格

地域別の価格把握に使いやすい

個別施設の契約条件とは一致しない場合がある

石油製品価格調査(資源エネルギー庁)

ガソリン、灯油、軽油等の石油製品価格

燃料費

燃料価格の変動を把握しやすい

燃料種別や契約条件との対応確認が必要

民間価格調査

(民間調査機関)

市場価格、積算資料、価格指数等

資材、工事、保守、設備管理等

実勢価格に近く、速報性がある

利用条件、継続性、検証可能性、説明可能性に留意が必要

(出典)筆者作成

 消費者物価指数を用いる場合には、総合、生鮮食品を除く総合、生鮮食品及びエネルギーを除く総合の違いにも留意する必要がある。総合指数は説明しやすいが、生鮮食品やエネルギー価格の変動を含んでいる。生鮮食品を除く総合指数は、生鮮食品の変動を除く一方、エネルギー価格を含んでいる。生鮮食品及びエネルギーを除く総合指数は、基調的な物価動向を把握しやすいが、水道光熱費や燃料費の変動は反映しない。このため、消費者物価指数と水道光熱費・燃料費の個別指標を併用する場合は、算定対象の重複に注意が必要である。
 特に、エネルギーを含む指数を物件費全体に適用したうえで、水道光熱費・燃料費を別建てで補正すると、同じ価格変動を重複して反映するおそれがある。これを避けるには、基礎額から水道光熱費・燃料費を除外する、または一般物価部分にはエネルギーを除く指数を用いるなど、対象経費を切り分ける必要がある。
 企業向けサービス価格指数(日本銀行)は、企業間で取引されるサービス価格の変動を示す指標であり、物件費、サービス購入費、委託費の把握に向く。施設管理、警備、設備保守、清掃等の委託費を見る場合には、消費者物価指数より実態に近い場合がある。
 建築保全業務労務単価(国土交通省)は、官庁施設の建築保全業務に係る費用を積算するための参考単価であり、施設管理業務に係る労務費の参照候補となる。
 企業物価指数(日本銀行)は、企業間で取引される財の価格変動を示す指標であり、物品、資材、消耗品等の価格変動を把握する際の参照候補となる。
 小売物価統計調査(総務省)や石油製品価格調査(資源エネルギー庁)は、燃料費や一部の光熱関連価格の変動を把握する際の参照候補となる。ただし、指定管理施設の契約条件と統計上の価格区分が一致するとは限らないため、施設の実際の契約形態との対応関係を確認する必要がある。
 民間価格調査についても、補助指標としての参照余地がある。建設資材、修繕工事、設備保守、建築保全、労務費等については、民間調査機関が市場価格や積算資料、価格指数を継続的に公表している場合がある。これらは実勢価格に近く、速報性も期待できる。一方で、自治体制度に組み込む場合には、検証可能性、継続性、調査方法の透明性、利用条件を確認する必要がある。そのため、主指標というより、公的統計で把握しにくい費目の補助指標または妥当性確認資料として位置づける方が導入しやすいと考えられる。
 以上を踏まえると、参照指標は、単一指標で全てを処理するのではなく、対象経費の性質に応じて使い分けることが望ましい。例えば、現場賃金には地域別最低賃金(厚生労働省)、正規職員相当には民間給与実態調査(各都道府県・政令指定都市人事委員会)、業務委託費には建築保全業務労務単価(国土交通省)または企業向けサービス価格指数(日本銀行)、物品・資材には企業物価指数(日本銀行)、燃料費には石油製品価格調査(資源エネルギー庁)等を用いる設計が考えられる。
 ただし、指標を細かく使い分けるほど、算定は精緻になる一方、制度は複雑になる。複数の指標を組み合わせる場合には、対象経費の範囲、基礎額、控除の有無、反映時期を明確にしなければならない。参照指標の選定では、客観性、費目との対応関係、公表時期、説明可能性、事務負担に加え、算定基礎の重複排除を考慮する必要がある。

7.  財政措置・協定変更との接続

 人件費・物価スライドの実効性を担保するには、算定結果を、どの年度の予算に反映し、どの協定を変更し、どの時期に支払うのかをあらかじめ整理する必要がある。以下では、必要な対応を財政措置、協定変更、実績確認・精算に分けて整理する。

(1)  財政措置

 財政措置の方法は、翌年度当初予算への反映と、年度途中の補正予算が考えられる。
 翌年度当初予算への反映は、年次の指標変動を翌年度の指定管理料に反映する方法である。毎年度算定・スライド型や毎年度算定・リスク控除付きスライド型では、この方法を基本とすることが考えられる。ただし、予算要求時期までに参照指標が公表されていなければ、翌年度当初予算に正確な算定額を反映できない。そのため、参照指標を選定する際には、公表時期と予算編成時期との関係を確認する必要がある。
 年度途中の補正予算は、急激な物価高騰や燃料費上昇など、年度内に対応する必要がある場合に用いられる。ただし、補正予算は議決や執行時期の制約を受けるため、指定管理者への支払時期が遅れる可能性がある。年度途中対応を制度上予定する場合は、発動条件、算定時点、支払時期をあらかじめ定めることが望ましい。

(2)  協定変更

 協定変更の方法は、年度協定変更と基本協定変更が考えられる。
 年度協定変更は、基本協定の枠組みを維持しながら、年度ごとの指定管理料を変更する方法である。指定期間全体の協定構造を大きく変更せずに、年次の価格変動を反映できる点に利点がある。一方で、基本協定における指定管理料総額、変更条項、リスク分担条項との関係を整理しておかなければ、年度協定で調整できる範囲が不明確になる点に注意が必要である。
 基本協定変更は、指定期間全体の指定管理料総額や前提条件を変更する場合に必要となる。例えば、物価・賃金水準の変動が一時的なものではなく、指定期間全体の収支前提を見直す必要がある場合には、基本協定の変更を検討することになる。ただし、基本協定変更は、公募条件や選定時の提案内容にも関係するため、変更理由や変更範囲について十分な説明が必要となる。
 先行事例を見ると、伊勢市のように、基本協定の総額を変えず、年度協定で調整する仕組みは、指定期間全体の協定構造を維持しながら年次変動に対応する設計として参考になる[17]。一方、熊本市のように、算定、通知、協議、予算要求、年度協定変更までを一連の手続として定める方法は、財政措置と協定変更の接続を明確にする設計といえる[18]

(3)  実績確認・精算

 さらに、いずれの方法を採る場合でも、実績確認・精算の設計が必要となる。スライドによる増額分が人件費、委託費、水道光熱費等に適正に反映されたかを確認しなければ、制度目的が達成されたかを把握できない。特に、人件費や再委託費への反映を目的とする場合は、指定管理者の内部人件費だけでなく、再委託先への支払や賃金への反映状況をどこまで確認するかを整理する必要がある。
 ただし、実績確認を厳格にしすぎると、自治体と指定管理者の双方に過大な事務負担が生じる。したがって、確認資料の範囲、提出時期、精算の有無、未使用額や過大支払額の返還方法を事前に定める必要がある。全件について詳細な証憑確認を行うのか、一定額以上の場合に限定するのか、サンプル確認や自己申告を併用するのかといった設計も検討課題となる。

 検討の際には、算定の精緻さと手続の簡素性の均衡がポイントとなる。対象経費を細分化し、複数の指標を組み合わせれば、実態に近い算定が可能となる。一方で、補正予算、議決、協定変更、証明書類確認、実績確認の手続が過度に複雑になれば、制度の運用負担が大きくなる。したがって、制度設計では、算定の精度だけでなく、財政措置、協定変更、実績確認まで含めた手続全体の簡素性を考慮する必要がある。
 また、一時的な物価高騰対策支援金と、恒常的なスライド制度は区別すべきである。前者は、特定年度の急激な物価高騰等に対応する単年度の財政措置である。後者は、指定管理料の見直しを協定や運用ルールにあらかじめ組み込む恒常的な価格調整制度である。両者を混同すると、同一費目への二重補填、事業者間の不公平、制度の継続性の低下といった問題が生じる。
 したがって、財政措置・協定変更との接続を設計する際には、少なくとも、算定結果をどの年度に反映するのか、当初予算と補正予算のどちらで処理するのか、年度協定変更で対応できるのか、基本協定変更が必要となるのか、実績確認や精算をどの範囲で行うのかを明確にする必要がある。スライド制度は、算定式、予算措置、協定変更、支払、実績確認を一体的に定めることで、実施可能な制度となる。

8.  人件費・物価スライドの望ましい導入ステップ

 これまでの内容を踏まえ、人件費・物価スライドの望ましい導入ステップを整理して、本論考を締めたい。
 指定管理における人件費・物価スライドは、最初から完成された制度を一括して導入するのではなく、段階的に整備しするのが現実的である。具体的には、まずは協議・見直し条項の整理から始め、価格調整ルールの明確度を高める。そのうえで、対象経費の範囲、参照指標、財政措置・協定変更・実績確認への接続を段階的に深めることが求められる。
 自治体ごとに、対象施設の特性、所管課の体制、財政運営の枠組み、これまでの協議事例の蓄積は異なる。したがって、すべての自治体が同じ順序で同じ深度の制度を整備する必要はないと考える。自治体の制度的成熟度と施設特性に応じて、無理のない順序で深化させることが望ましい。以下では、想定される段階を、(1)から(5)に分けて整理する。

(1)  第一段階 協議・見直し条項の整理

 最初に行うべきは、基本協定における協議条項・不可抗力条項の整理である。すべての施設に一律のスライド制度を導入する必要はなく、まずは、著しい物価・人件費変動が生じた場合に、協議または見直しを行う余地を制度上明確にするだけでも、運用上の意義は大きい。島根県のように、不可抗力条項の解釈整理と覚書の活用、決算額比較、補正予算調整を組み合わせるアプローチは、入口として参考になる[19]
 この段階で確認すべきは、現行の基本協定書ひな型における協議条項・不可抗力条項・リスク分担条項の文言、所管施設ごとの労務費比率・水道光熱費比率・再委託比率、過去の協議事例、制度所管課・施設所管課・財政担当課・契約担当課の役割分担である。これらを把握しないまま算定ルール型へ移行しても、協議の入口や財政措置との接続に齟齬が生じやすい。

(2)  第二段階 発動条件付き算定・スライド型の導入

 協議・見直し条項の整理に続く段階として、発動条件付き算定・スライド型の導入が考えられる。指標変動が一定水準に達した場合に限り、あらかじめ定めた算定式に基づいて指定管理料を増減する設計である。一定水準に達しない変動は指定管理者の通常リスクとして残すため、自治体側から見れば財政負担を制御しやすく、制度導入時の予見可能性も高い。
 この段階では、まず対象経費を直接人件費に限定し、参照指標も地域別最低賃金(厚生労働省)[20]や民間給与実態調査(各都道府県・政令指定都市人事委員会)等の客観性・継続性に優れたものに絞る方法が現実的な選択肢となる。もっとも、再委託費や水道光熱費の影響が大きい施設では、導入当初から対象経費を広く設定する設計も考えられる。発動条件、算定式、反映年度、年度協定変更の手続を一通り定めることで、協議・見直し条項型からスライド型への移行を実務的に進めることができる。

(3)  第三段階 毎年度算定・スライド型・毎年度算定・リスク控除付きスライド型への展開

 発動条件付き算定・スライド型による運用が一定程度蓄積された後は、毎年度算定・スライド型または毎年度算定・リスク控除付きスライド型への展開が選択肢となる。毎年度算定・スライド型は、指標変動を毎年度指定管理料に反映する設計であり、指定管理者側に残る価格変動リスクを抑える効果がある一方、自治体側の財政負担は相対的に大きくなる。毎年度算定・リスク控除付きスライド型は、両者の中間に位置づけられ、毎年度算定を行いつつ、一定範囲を指定管理者の通常リスクとして残す設計である。
 いずれの型を選択するかは、施設特性、指定管理料の規模、自治体の財政運営方針、人材確保上の課題等を踏まえて判断する必要がある。横浜市[21]、札幌市[22]等の先行事例を参考にしつつ、対象施設ごとに、価格変動リスクをどのように分担するかを明示することがポイントとなる。

(4)  第四段階 対象経費の拡張

 スライド型が一定程度整備された後は、施設特性に応じて、対象経費を直接人件費から人件費・委託費型、さらには複合経費型へと拡張することことが考えられる。再委託依存度の高い施設では、人件費・委託費型による業務委託費の取り込みが、収支実態を反映するうえで有効である。温浴施設、屋内スポーツ施設、文化施設、給食関連施設のように、エネルギー負担が大きい施設では、複合経費型による水道光熱費・燃料費までの拡張が必要となる場合もある。
 ただし、すべての施設に同じ対象経費・同じ参照指標を用いる必要はない。仙台市のように、人件費と委託費を中心とする設計[23]、埼玉県のように、人件費・委託費・水道光熱費・燃料費まで含める設計[24]など、施設類型ごとに対象経費を切り分けるほうが、より実態に即した運用が可能となる。

(5)  第五段階 財政措置・協定変更・実績確認の標準化

 最後の段階は、算定結果を、財政措置、協定変更、支払、実績確認に接続するための手続を標準化することである。算定結果をどの年度の予算に反映するのか、当初予算と補正予算のどちらで処理するのか、年度協定変更で対応するのか、基本協定変更が必要となるのか、実績確認や精算をどの範囲で行うのかなどを、横断的なルールとして整備する。
 熊本市のように、算定、通知、協議、予算要求、年度協定変更までを一連の手続として制度化することで、スライド制度は「例外対応」から「通常の制度運用」に移行することが可能となる[25]
 また、埼玉県のように、対象経費計算書の提出や、必要に応じたヒアリング・資料提出を組み込めば、説明責任や監査対応への耐性も高まる[26]。ただし、確認資料を過度に求めれば制度は回らなくなるため、リスクに応じた検証内容と、必要最小限の資料設計が重要となる。

9.  おわりに

 「複数年の指定管理料はおおむね据置き」という運用前提が、現在の物価・賃金環境のもとでは維持しにくくなっている以上、価格変動への対応を契約・財政制度の中に位置づけることは避けて通れない。
 指定管理における人件費・物価スライドは、単に算定式を設ければ機能するものではない。対象経費をどこまで含めるか、どの参照指標を用いるか、算定結果をどの年度の予算に反映するか、年度協定または基本協定をどう変更するか、増額分が人件費や再委託費等に適正に反映されたかをどう確認するかを、一体的に設計する必要がある。
 今後の自治体に問われているのは、安く発注することではない。指定管理者制度の本来の目的である、民間事業者等のノウハウや柔軟な運営を通じた公の施設のサービス向上を実現するためには、履行可能な価格で公共サービスを持続的に担ってもらえる仕組みが必要である。人件費・物価スライドは、そのための価格調整ルールであり、価格変動を契約・財政・監査の各局面においてどう扱うかという、発注者責任として認識すべきであると考える。
 本稿で整理した論点が、各自治体において指定管理者制度における物価・人件費スライドの導入を検討する際の一助となれば幸いである。

[1] 内閣官房「新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画2025年改訂版」(令和7年6月閣議決定)

[2] 総務省「資材価格の高騰、賃金上昇等への対応状況に係るフォローアップ調査のとりまとめ結果及び指定管理者制度等の運用の留意事項について」(令和7年6月26日)。あわせて、同省「具体的な対応事例(指定管理者制度)」を参照。

[3] 総務省「資材価格の高騰、賃金上昇等に係る民間委託等の運用の留意点について」(令和6年12月5日)

[4] 一般社団法人指定管理者協会「令和6年度提言」(202410月)及び「令和7年度提言」(202510月)。令和6年度提言では、令和6年4月1日の総務省通知において示された課題として、応募団体の少なさ、一者のみの応募、指定管理料の設定、原材料価格・水道光熱費等の高騰への対応等が整理されている。令和7年度提言では、表1-14指定管理者制度における人件費・物価高騰に対する総務省通知一覧」を参照。

[5] 総務省「資材価格の高騰、賃金上昇等に係る民間委託等の運用の留意点について」(令和6年12月5日)

[6] 内閣官房「新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画2025年改訂版」(令和7年6月閣議決定)

[7] 総務省「資材価格の高騰、賃金上昇等への対応状況に係るフォローアップ調査のとりまとめ結果及び指定管理者制度等の運用の留意事項について」(令和7年6月26日)。あわせて、同省「具体的な対応事例(指定管理者制度)」を参照。

[8] 国土交通省「技術調査:各種スライド条項(全体スライド、単品スライド、インフレスライド)について

[9]総務省「具体的な対応事例(指定管理者制度)

[10] 埼玉県「指定管理者制度におけるスライド制度運用の手引き

[11] 横浜市「指定管理者制度における賃金水準スライドの手引き

[12] 札幌市「賃金スライド制度」、「札幌市指定管理者制度における賃金スライドの手引き(令和7年4月版)」。
https://www.city.sapporo.jp/somu/shiteikanrisha/contens/chingin.html

[13] 横浜市「指定管理者制度における賃金水準スライドの手引き」。

[14] 仙台市「指定管理者制度における指定管理料スライド制度導入の手引き

[15] 同上

[16] 埼玉県「指定管理者制度におけるスライド制度運用の手引き

[17] 伊勢市「指定管理者制度における指定管理料スライド制度運用の手引き

[18] 熊本市「指定管理者制度運用マニュアル 別冊 指定管理者制度導入施設における物価変動対策について」(令和8年3月改訂)

[19] 総務省「具体的な対応事例(指定管理者制度)

[20] 厚生労働省「令和7年度地域別最低賃金額の改定状況について」。

[21] 横浜市「指定管理者制度における賃金水準スライドの手引き」。

[22] 札幌市「賃金スライド制度」、「札幌市指定管理者制度における賃金スライドの手引き(令和7年4月版)」。
https://www.city.sapporo.jp/somu/shiteikanrisha/contens/chingin.html

[23] 仙台市「指定管理者制度における指定管理料スライド制度導入の手引き

[24] 埼玉県「指定管理者制度におけるスライド制度運用の手引き」。同手引きでは、適用開始時期は令和9年度以降に指定管理期間が開始する指定管理者とされている。

[25] 熊本市「指定管理者制度運用マニュアル 別冊 指定管理者制度導入施設における物価変動対策について」(令和8年3月改訂)。

[26] 埼玉県「指定管理者制度におけるスライド制度運用の手引き

松田睦己(まつだむつき)
日本政策総研 研究員

【公共コンサルと政策の視点】指定管理者制度における人件費・物価スライド導入に関する一考察(日本政策総研:松田).pdf

【内容に関するお問い合わせ】

宛先:株式会社日本政策総研 松田 睦己

TEL03-3830-0611/ FAX03-3830-0612

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