レポート・コラム

【Business論説】パワーシフトと新領域②・・VPPと蓄電池

パワーシフトと新領域②・・VPPと蓄電池

宮脇淳
1.はじめに

 パワーシフトとは、「世の中を動かす力(パワー)が変化した(シフト)」ことを意味する。具体的には、アナログ的社会からデジタル的社会への変化を意味する。この流れはグローバル社会で大きく先行しており、遅れながら日本もその中に存在する。とくに、エネルギー資源問題は、ウクライナ・ロシア紛争後、世界的なサプライチェーンも含めて深刻化している。以上を踏まえ、以下ではエネルギー問題を軸に、日本経済社会のデジタル的社会への構造的変革の構図を検証する。

2.世界の二極対立とエネルギー戦略

 先端技術競争、ウクライナ・ロシア紛争の長期化等による「欧米西側諸国」と「中露」の二極対立激化は、インド、中東、東アジア、アフリカ等の第三軸国家への巻き込み戦略へと発展している。その流れは、リチウムをはじめとしたレアメタルや食糧と並んで自給率が極端に低い日本のエネルギー問題を今まで以上に深刻化させている。
 日本のエネルギー自給率(経済社会活動に必要な一次エネルギーの国内算出の割合)は、OECD(経済開発協力機構)36か国中35(2019年推計値)であり、2010年の20%から低下しはじめ2014年の6.3%を底に太陽光・風力等の活用で改善傾向となったものの、依然として現状12%に留まっている。とくに、原油に関しては90%を中東地域に依存しており、ロシア依存分4%がすべて中東に置き換わったとすれば、さらに依存率は94%に上昇する。オーストラリア依存の高い天然ガスや石炭等の依存構造とは、政治的・地政学的にも大きな違いが存在する。中東地域では、地域情勢の流動化に加えて、中国との相互依存関係の高まり、ロシアの積極的外交政策等の展開から米国の影響力が相対的に低下しており、日本の位置づけも揺れ続けている。
 とくに、BRICS(参加国ブラジル、ロシア、インド、中国、南アフリカの英語頭文字を並べた名称)がサウジアラビア、UAE、アルゼンチン、イラン、エジプト、エチオピアの6か国を新加盟国として招待する等拡大志向を顕在化させており、さらに大きな揺れを生み出す。エネルギー面では、サウジアラビアとUAEが加盟すればBRICSは世界の石油埋蔵量の46%、産油量の約半分を占める位置づけとなる。
 こうした日本の実情と類似している国がドイツである。エネルギー自給率34.6%で日本より高いものの主要エネルギーである天然ガスの90%以上を海外に依存し、その半分がロシア依存である。しかし、ドイツは厳しい環境においても、浮体式LNG再液化施設整備等を行うと共に、脱原子力を掲げ4月には最後の原子炉の稼働を停止している。また、英国ではカーボンニュートラル政策を堅持し北海の自国天然ガスを活用することでエネルギー安全保障戦略を展開する。一方で、フランスでは原発を最大限活用したエネルギー自立戦略を展開し、安全確保を前提に原発の稼働期間を50年以上延長する方針を掲げている。EU地域内での政策は異なるものの欧州委員会では、産業において脱炭素が困難な分野(輸送等)に水素エネルギーの活用を柱とする方向を示している。特にドイツでは、水素エネルギーを中心に位置づけており、今後は水素の生産と調達もエネルギーサプライチェーンとしてひとつの柱となる。

3.電力供給システムの変革

 世界のエネルギー需給構図が大きく揺れる中で、日本の戦略のひとつが電気自動車(EV:Electric Vehicle)の普及にある。戦後これまでの省エネ政策と異なる点は、既存需給構造を前提とした省力化ではなく、エネルギーに関連した社会インフラの構造、思想を転換するところにある。すなわち、社会システムの変革であり、その影響が産業分野はもちろんのこと一般家庭にまで及ぶ。
 政策的に日本では、2035年までに新車販売をすべて電気自動車等に転換する目標を政府が掲げ、その実現に向けて経済産業省は増加する電気自動車の充電を遠隔制御し、電力需給を最適化する制度を義務化する方向性にある。一般家庭や民間企業で電気自動車が広範に利用される状況では、一日あるいは季節によって電力需給のひっ迫を発生させ、その結果として停電等のリスクが高まることへの対処である。具体的には、電気自動車の充電器を遠隔制御し、需給バランスを踏まえて最適なタイミングで充電できるシステムの導入をメーカー等に義務づけるものとなっている。
 こうした取り組みは、これまでの一定の電気需要量を前提とした大規模発電所方式による供給システムではなく、需要側のエネルギーリソースを電力供給システムに活用するバーチャルシステムの入口を形成する。具体的には、太陽光などによる家庭の分散型小規模エネルギーリソースをIoT(Internet of Things:モノのインターネット)を活用し遠隔統合制御し電力供給と需給バランス調整に役立てるもので、ネットワーク全体が実質的にひとつの発電所として機能することから仮想発電所(VPP : Virtual Power Plant)とも称される。一定の生活空間が実質的に発電所機能を持ち、相互に結び付く形態であり地産地消的な仕組みでもある。
 また、技術開発と同時に社会システムとして家庭等から供給される電力等の取引価格設定を如何に行うか、先行する欧米の市場入札方法の応用なども大きな課題となる。VPPの仕組みは、家庭など小規模リソースごとに機器や権利設定をどのように行うかからはじまり、戸建住宅・集合住宅ごとの設置運営管理への工夫、住宅設備に関連する家庭内の設備機器運用方法の見直し、供給量が過大の際に需要創出を促し、逆に需要量が過大な際に抑制を求めるディマンドレスポンス(DR)の導入、そしてDRによって調整された電力量に従って家庭等の需要側に報酬金を支払う需給調整市場のあり方など、建設投資及び設備管理等の面にも新たな需要をもたらす要因となる。その中核のひとつとなるのが蓄電である。

4.蓄電技術

 蓄電池は、様々な電気機器に使用されている液系リチウムイオン電池型が現在の主流である。液系リチウムイオン電池は、イオンが正極(+)と負極(−)の中間にある液体電解質を通過することで、放電・蓄電する仕組みである。主流であるものの、発火しやすい点やリサイクル・廃棄等に困難性を抱える。こうした課題を克服しさらに性能・利便性を向上させるため、現在の液体電解質を固体化し放電・蓄電する固体電池の開発が進んでおり、遅くとも2030年代での本格利用が期待されている。
 固体電池では、イオンが自由に動ける固体物質の発見と利用がカギとなる。この物質の実用化が少しずつ進んでいる。固体電池の特性は、構造や形状が自由に形成でき、小型での大容量化や高速での充電・放電が可能で、そもそも固体のため丈夫という利点もある。
こうした固体電池はトヨタ等自動車メーカーの開発として注目されるが、住宅設備の将来にも密接な関係がある。太陽光発電の設置が進み電気自動車の充電活用等住宅や建築物の個別電源としての重要性が高まるだけでなく、再生エネルギーと電力市場のバランシングも含め将来的に住宅や建築物をネットワーク化した仮想発電の導入が意図されていることは前述したとおりである。その中で、住宅等の蓄電機能が重要な社会インフラとなる。固体電池は、薄膜型とバルク型に大きく分かれ、バルク型が住宅や電気自動車等の蓄電で主に利用される。バルク型は、箱の中に固体電池が入り形状に制約があるものの、大容量でパワーも強い特性を持つ。もちろん、コストや安全面での一段の向上はこれからの課題である。
 蓄電池の世界市場では車載用を中心に、今後さらに大きく拡大する。車載掲載用で2035年には2020年対比14.5倍、小型民生用でも2.4倍と試算されている。しかし、日本の世界市場でのシェアは中国や韓国に大きく押され低下し、技術開発の優位性からさらにマーケティング戦略も加わり年々競争が激しくなる。加えて、米国はリチウム電池国家計画、EUはバッテリーアライアンスの設立等戦略を高めており、激しい競争の中で、技術開発はもちろんのこと需要拡大に向けた支援政策と企業戦略の展開も不可欠となる。

図1 2016~22年蓄電池地域別需要(Gwh/year)

(資料)IEAデータ
https://www.iea.org/reports/global-ev-outlook-2023/trends-in-batteries

図2 蓄電池世界シェア(%)

(資料)経済産業省資料より作成
https://www.meti.go.jp/shingikai/mono_info_service/chikudenchi_sustainability/pdf/001_s01_00.pdf

宮脇淳(みやわきあつし)
株式会社日本政策総研代表取締役社長
北海道大学名誉教授

【Business論説】パワーシフトと新領域②(VPPと蓄電池).pdf
TOP