レポート・コラム

【理事長論説】経済構造とアナログ規制改革のインパクト①

経済構造とアナログ規制改革のインパクト①

若生幸也
1.はじめに

 1990年代後半以降、日本経済の対外競争力が低下し続けている。対外競争力の低下を示す指標のひとつとして、実質実効為替レート(日本銀行)がある。その推移をみると、1994年度をピークにそれまでの右肩上がりから一転して長期的に下落する傾向となり、指数ベース(2020=100)で94年度の173.6から2022年度には76.8と半分以下のレベルとなっている。
 こうした競争力低下に対して、日本企業を取り巻くアナログ規制が官民双方の効率性及び付加価値向上を妨げているとの問題意識の下、国はデジタル原則に基づくアナログ規制改革(アナログ規制見直し)を進めている。具体的には約4万以上の法令に規定される規制について、デジタル技術を活用し横断的な改革を図るものである。この改革の実効性を高めるには、官民問わず規制の運用・対応における技術活用可能な人材育成と規制改革に対応したデジタル設備投資が不可欠となる。
 対外競争力を低下させている日本経済の構造と現状の検証を行い、次に時間外労働規制である「2024年問題」が大きく影響する建設業を事例として、二回に分けて経済構造とアナログ規制改革のインパクトについて考察する。

2.日本経済の従来構造と現状の検証

(1)日本経済の対外競争力の低下

 日本の対外競争力をマクロの視点からOECDデータ「付加価値生産性(時間当たり)」でみると、日本は2005年以降一貫してOECD平均を下回っている。さらに同平均と日本の付加価値生産性の水準差を見ると概ね一貫して拡大を続けており、OECD諸国の中でも日本は低位水準となっている。超少子高齢化社会の中で日本経済の持続性確保のためには、付加価値生産性を高めることが不可欠であるが、長期間にわたって低下し続けているのが実態となっている(図1)。

(資料)公益財団法人日本生産性本部「労働生産性の国際比較2022」付表(データ一覧)より筆者作成

(2)企業付加価値とその要因分解

 OECDのマクロデータに基づき日本の対外競争力の低下をみたが、次にその低下要因を分析するためセミマクロの視点から日本企業の生産性の動向を整理する。企業の生産性は、大きく売上面からの生産性と付加価値面からの生産性に分けられる。企業の持続性を判断する場合は、将来に向かった投資と関連する付加価値による生産性の把握が重要となる。以下では、企業の付加価値について「人件費+減価償却費+経常利益」で把握する。①人件費は人材に対する投資、②減価償却費は設備に対する投資、そして③経常利益は企業経営として将来の投資に対する余力への結びつきを意味する。加えて、①②③の要素によって財務的な外部依存度を含め企業の持続的な潜在成長力を認識する。
 各要素を分解すると、①人件費と②減価償却費は1990年代に入りほとんど増減せず横ばいの状態が続いている(図2)。これに対して経常利益は、2000年度以降、景気変動等を反映しつつ上下し2010年頃以降は急速に増加している。すなわち、将来への余力としての経常利益は増加したものの結果として利益剰余金等内部留保に積み立てられ、繰越利益剰余金額は、2010年度末対比で2022年度末では4.4倍にまで拡大している(財務省「法人企業統計」全産業)。内部留保は拡大しても持続的成長に結び付く人材や設備に対する積極的投資は全体としては行われず、企業全体の付加価値は拡大しない実態を生み出している。

(資料)財務省「法人企業統計調査」より筆者作成

(3)カギを握る情報通信業

 日本企業の投資活動が横ばいに入り始めた1990年代以降、世界経済社会で生じた大きな変化として情報通信革命がある。情報通信革命は、単にコンピュータやインターネット等の手段にとどまらず、企業活動から家庭生活、働き方から消費活動に至るまで従来の人間行動を大きく変化させる要因となったことは周知のとおりである。情報通信革命は、情報の伝達と蓄積の在り方を根本的に変革する流れを生み出している。この情報通信革命の中核となる日本の情報通信業の労働生産性は、2000年以降横ばいの状況にある(図3)。2015=100とするグラフで見ると、日本は2000年以降年率平均で2020年までで-0.1%とほぼ横ばいで、水準を向上させていないのに対して、他の先進国は2000年対比でも大きく水準を向上させている。同期間の製造業の労働生産性の年率平均1.4%(20002020年)と比較しても、日本の情報通信産業の労働生産性は低い水準となっている。

3:情報通信業と製造業の労働生産性の推移

(資料)公益財団法人日本生産性本部「労働生産性の国際比較2022」報告書1416ページ

 情報通信革命のハブとなり、本来広く企業の労働生産性や付加価値を高める役割を有する情報通信業の労働生産性が主要先進7カ国と比較して横ばいである理由は、規格化された新たなシステム導入が他国に比べ進んでおらず労働集約的産業としての特徴が色濃く残存している点にある。この代表例としてクラウドコンピューティング支出割合と成長率の国際比較を見ると、日本はインドネシア・アルゼンチンと並ぶ「抵抗国」(2022年のクラウド利用が米国から著しく遅れる最下位ランクの国々を指す)に位置づけられ、導入進捗度は米国と比較すると7年以上遅れている[1]
 日本の背景には組織的・社会的な平衡プロセスが存在する。平衡プロセスとは、組織や社会の目的意識、暗黙の規範によって生じるバランスを意味する。平衡プロセスは、①組織や社会構造により規定された要因、②人間の集団行動により規定された要因に分けられる。これまでの人間の集団行動を変えずに新たに規格化されたシステムを導入しようとすれば、組織や地域は変革を推進する力ではなく現状に留めようとする力を発揮し、そこでは規格化された明示のルールたるシステムではなく従来の暗黙のルールが優先する流れを形成する。
 アナログ規制改革は平衡プロセスにおける人間の集団行動により規定された要因、それにより形成される組織文化を明示的な規制改革により変革に結び付けることを意図している。その際に平衡プロセスが示す明示のルールより従来の暗黙のルールが優先する体質をいかに克服するかが本質的課題となる。

 次回は、この課題について時間外労働規制である「2024年問題」が大きな影響を及ぼす建設業に焦点を当て、アナログ規制改革の方向性と課題を考察する。【理事長論説】経済構造とアナログ規制改革のインパクト②

若生幸也(わかおたつや)
日本政策総研理事長兼取締役
東京大学先端科学技術研究センター客員上級研究員

【理事長論説】経済構造とアナログ規制改革のインパクト①.pdf

[1] 「クラウドの国別導入状況:日本はクラウド支出の割合が最低レベル」(2023年8月15日閲覧)

筆者がこれまで執筆したアナログ規制改革やアナログ規制見直しに関する論考は以下のとおり。
・若生幸也「経済構造とアナログ規制改革のインパクト②」『理事長論説(2023年10月5日)』2023年10月、日本政策総研。
・若生幸也「経済構造とアナログ規制改革のインパクト①」『理事長論説(2023年9月4日)』2023年9月、日本政策総研。
若生幸也「アナログ規制見直しと例規」『例規の架け橋(令和5年夏号)』2023年8月、ぎょうせい。
・若生幸也「地方公共団体におけるアナログ規制の点検・見直しの在り方(下)―アナログ規制の点検・見直しの推進体制と具体的推進手法のポイント―」『地方財務(2023年5月号)』2023年5月、ぎょうせい。
・若生幸也「地方公共団体におけるアナログ規制の点検・見直しの在り方(上)―アナログ規制の点検・見直しと押印見直しとの異同―」『地方財務(2023年4月号)』2023年4月、ぎょうせい。

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