レポート・コラム

【自治体政策論説】政策議論・政策交渉のあり方とトロッコ問題・AI①

政策議論・政策交渉のあり方とトロッコ問題・AI①

宮脇淳
1.はじめに

 新型コロナ感染拡大抑制と経済社会活動の維持、自然環境保護と食糧生産の拡大、経済成長と地球温暖化対策、人権問題と国家統治等経済社会の構造的対立が深刻化し、問題解決が難しいギャップが多く顕在化している。構造的対立が深刻化する中での議論の特性を1回目の今回は、大学入試等でも活用されるトロッコ問題を題材にまず考察する。次回2回目は構造的対立の深刻化を踏まえ、地方自治体の政策形成・評価、そして予算編成議論へのAI活用について検討する。

2.構造的対立の現状

 構造的対立は、問題解決に資さない排他的状況が同時に共存することである。一方を選択することが政治的・社会的に困難な状況を意味する。構造的対立を克服する類型として、第1に「耐えられる対立の領域」に留めること、第2に「対立の操作」、第3に「意思力の操作」へ進化することがある。
 第1の耐えられる対立の領域に留めることは、従来から日常的に繰り返された政策対処法であり、足元の利害関係者の損失をまず最小化し、現実的・妥協的な結論に到達することで問題対立の先鋭化を一時的に回避する方法である。いわゆる、皆で少しずつ我慢する構図であり、従来の国や自治体経営の多くは、このレベルでの意思決定を中心としてきた。こうした政策手法は、政治的調整によるバランスが崩れると構造的対立がそもそも抱える矛盾を深刻化させるリスクがあるだけでなく、問題解決の本質を一時的に回避し先送りする構図となる。この構図は、調整プロセスに参加できる利害関係者が限定的となりやすく、調整に参画できない集団の不満が増幅し政策の信頼性を損なう問題も生じさせる。
第2の対立の操作とは、将来像として否定的な構図を提示し、解決策の模索に向けた行動を惹起する方法である。この方法では、一定の政策を実行しないまたは不十分な実行に伴う否定的な将来像を提示し、危機感からの政策議論を活発化させ解決に向けた妥協的協力を方向づける。医療崩壊や財政危機など「危機感を高め解決に導く」方法である。こうした方法は、現状と将来への情報の見える化を進め、多くの国民の認識を形成し危機回避する手段としては有効なものの、既存の枠組みと利害関係を引きずることで同じ問題を繰り返し、改善のスピードも結果として極めて緩慢となりやすい。
 第3の意思力の操作とは、利害関係集団だけでなく国民全体の視野で次の社会の新たな構図を大胆に提示し、構造的対立を克服する手段である。第2の「対立の操作」と異なる点は、否定的な構図ではなく、既存の利害関係に関与できない国民も含め共通して見てみたいと願う理想的・創造的な新たな枠組みの将来像を提示するレベルである。理想的あるいは進化的将来像を示し、我慢ではなくチャレンジ意識に転換していくものである。今回のデジタル改革は、国民生活のあらゆる側面に関係する進化政策であり、意思力の操作の入口に位置すると言える。
 以上の構造的対立における政策形成の理論は、ナレッジ政策やそれに関連したAI機能のあり方、デジタル化による認知戦略にも結び付く点となる。

3.正解のない政策と無関心の罠

 しかし、現実の政策議論では様々な既得権等利害関係が輻輳するため、新たなイメージを形成し実現することには、常に困難性を伴う。デジタル化の政策自体でも、様々な利害関係との軋轢をすでに生んでいる。政策とは、本来、正解のない議論を試行錯誤で積み重ねることであり、100点のない回答を一歩ずつより良くしていく努力の積み重ねである。正解がない理由は、民主主義の下で多くの価値観が存在しその価値観に基づいて自由な議論が許されるからである。仮に、ひとつの価値観しか許されず自由な議論が成立しないのであれば、100点の政策を形成することは可能である。しかし、多くの価値観があり民主的な議論が許されるからこそ、正解が見いだせない自由があり、情報の共有と多数決ルール、少数意見の尊重が生きたものとなる。
 正解のない政策を考える例題が、周知の通り「トロッコ問題」である。5人の乗ったトロッコが暴走し、このまま走行し続けると脱線してしまい全員の死が避けられない。この暴走トロッコがこれからすぐに到達する鉄路上の切り替えポイントにあなたがいる。ポイントを切り替えれば、暴走トロッコは減速し安全に停止することが出来る。しかし、問題がある。ポイントを切り替えた先には1人の人間がいて、今からでは退避する時間がなく、切り替えた場合はトロッコにぶつかり死亡することが避けられない。あなたは、人間1人の命を犠牲にして、暴走トロッコに乗った5人の命を救うためポイントを切り替えるか。それとも、人間1人の命を守るためポイントを切り替えず、トロッコに乗った5人の命を犠牲にするかの問いかけである。
この例題には、理論的視点が根底に存在する。ベンサムの功利主義とカントの義務論である。ベンサムは「最大多数の最大幸福」を提示し、1人でも多くの人が助かる方の選択を基本とする。その前提として人々の幸福の質には差はないと考える。このため、人間1人の命を犠牲にして、ポイントを切り替えて暴走トロッコに乗っている5人の命を救うことになる。
 これに対してカントの責任論は、トロッコに乗ってもいないし暴走に何も関係のない人間の命を奪っても良いのかと反論する。原因にも全く関係しない義務のない人、責任のない人の命を奪うことは許されないとする。従って、間接的とは言え少なくともトロッコに乗った原因を持つ5人の命を犠牲にしても、人間1人の命を救うべきと考えることも可能となる。さて、どちらを選ぶべきか。民主的な政策決定の基本である多数決で決めるとしたらどちらに投票すべきか・・・、その投票の理由をどのように説明するか・・・。どちらかを選択した上で、死亡した人への補償政策の議論をして正当化するべきか・・・。その場合、選択自体の理由説明を回避していないか、などである。
絶対的正解がない中で、どちらに投票するにせよ、より説得力のある理由を考え続ける。これが政策議論の本質であり、民主主義を育てる原点となる。
 しかし、トロッコ問題はこれでは終わらない。第三の選択肢として、切り替えポイントに立つあなたがその場を離れる選択肢の存在である。すなわち、厳しい選択を行わずその場から逃避し、第三者になることで選択の責任から逃れることである。そして、逃避の結果として1人の人間の命を守り搭乗者5人の命を失い、出来事からは距離を置いてその結果を静観する姿勢である。トロッコ問題は、ポイント切り替えの二者選択だけではなく、現実には第三の選択肢も存在する。さらに、ここまでの意思決定は、最終的に個人自らの決断で完結することを前提とする。この前提を取り除き、ポイントに立つ複数の人によって意思決定することを前提としたトロッコ問題はどうなるか。少なくとも社会の進化、民主主義の進化に大きなダメージとなるのは、第三の選択肢であり選択議論を回避する姿勢である。正解がないからこそ議論すべきであり、その議論の透明性を持って展開することがデジタル時代において特に重要となる。こうした公共領域における民主的議論に対してAIは如何なる役割を果たしうるか次の論点となる。

4.自治体におけるAI利用

 公共領域における政策議論でもAIの活用がひとつの選択肢とされ、その前提として政策プロセスのデジタル化が課題となる。総務省の「AI導入団体詳細調査」でAIの導入機能別自治体数をみると文字や音声の認識が圧倒的に多く、最適解の抽出や政策における数値予測への活用はごく少数である。導入効果も処理時間の短縮、業務プロセスの効率化が中心となっている。この現状を踏まえ、なぜ現段階では政策形成・評価や予算編成等公的部門のコア領域での意思決定への活用が進んでいないのか、それはAIの機能が依然として発展途上にあることが主因か、それとも政策等の意思決定自体の特性が主因か、その両者の進化のためのプロセスは何かを次回2回目で整理する。

資料:総務省「AI導入団体詳細調査」(令和4年度)より作成。

資料:総務省「AI導入団体詳細調査」(令和4年度)より作成。

宮脇淳(みやわきあつし)
株式会社日本政策総研代表取締役社長
北海道大学名誉教授

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