レポート・コラム

【理事長論説】自治体DX時代におけるアンケート調査の進化

自治体DX時代におけるアンケート調査の進化

若生幸也
1.はじめに

 地方自治体のアンケート調査は、各種統計調査には含まれない住民・事業者等の意識、行動実態、行政の施策や事業に対する評価や要望などを把握するために実施される。アンケート調査のほか、ワークショップやパブリックコメントなど様々な意見聴取、住民参加の手法が展開されているが、統計手法をもって多数の住民・事業者等の抱える課題を客観的に把握するためには、アンケート調査を活用することになる。ここに地方自治体のアンケート調査の重要性を見ることができる。
 他方、「デジタル」化の段階的な取組は様々に進められているが、「トランスフォーメーション」につなげるためには、形式的行動を変革するにとどまらずその根底にある意思決定プロセスの構図を変革することが本来求められる。このためには、アンケート調査でも表面的な行動や意思を回答してもらうだけでなく、その奥に隠れているギャップを掘り起こす必要がある。これまで地方自治体で行われてきたアンケート調査は、多くのものが表面的な行動や意思の概要把握にとどまっており、意思決定の根幹に位置するギャップの把握は十分に行われていない。本稿では「トランスフォーメーション」に向けた意思決定プロセスの構図を作るため、自治体DX時代におけるアンケート調査の進化の一例を示す。

2.アンケート調査の目的

(1)アンケート調査実施の目的

 地方自治体では様々なアンケート調査が行われているが、これらのアンケート調査に対する批判も多い。例えば、住民意識調査の満足度・重要度などは施策や事業の改善につながる設問項目もなく、「住民の意見を聞いただけ」というアリバイづくりと言われることもある。それはなぜか。アンケート回答者の個別意見と、アンケート結果全体の結びつきとが不明確な点にある。地方自治体が行うアンケート調査は、施設の再編、子育て、地域活性化など公共性に関連したテーマが当然に多く、住民等には様々な意見があり賛成・反対が拮抗することもある。こうした場合は、アンケート結果に対する評価がさらに先鋭化しやすい。
 アンケートは、実施目的において類型がある。第1は「情報収集型」のアンケートである。情報収集型とは、例えば住民や観光客等アンケート対象者が広く何を意識しているか、居住地や観光地として選んだ理由、満足度などを幅広く情報として収集することを目的とする。まずはひとつでも多くの情報を収集し実態を把握するために行われる。第2は「啓蒙型」である。啓蒙型は地方自治体側の考え方を資料として提示し、それに対しての意見を収集する内容である。住民等の意見を収集すると同時に、地方自治体が考えている方向性を住民等に広く共有することが目的となる。これに対して、本稿で取り扱うアンケート類型は「分析型アンケート」である。分析型アンケートは、情報収集や啓蒙とは異なり住民等の行動や、意思の中に隠れているギャップを積極的に掘り起こすことを目的とする。地方自治体としても何が原因であるか不明あるいは絞り切れず、課題改善のためのターゲットが明確でない場合に行われる。例えば、「住み続けたい地域」、「環境が良い地域」と住民アンケートで回答していても、実際には数年で転居する人が多い理由の真意はどこにあるのか。子育て政策の充実に努めても出生率が下がる理由は何かなど、単純集計等による表面的回答からだけでは明確とならないギャップを掘り起こすことを目的としている。

(2)一般的な単純集計型アンケートの課題

 地方自治体で一般的に行われるのは、アンケート回答について設問ごとに選択肢の回答数や回答比率を整理する方法である。この方法は単純集計型である。単純集計の目的は、とりあえず回答の概要を把握することと誤回答をチェックすることにある。この場合、表面的な回答情報は集まり整理されるものの、それ以上の意味は限定的である。このため、アンケート目的との関係では、情報収集型や啓蒙型に適している。もちろん、分析型でも単純集計は行われる。しかし、そこでとどまらない。
 分析型は単純集計型と根本的に異なる。単純集計での回答数や回答比率は「多数」を示すものの、回答の意思の強さは示さない。例えば、観光客にアンケートして「とても良い場所」、「再び来たい」と回答が多数であっても、リピーターが少ないなどの現象はなぜ起こるのかである。旅行客にアンケートした簡単な例を図表1に示す。

図表1:単純集計型アンケート例

回答者

1   A地域は好きですか

2  A地域にまた旅行しますか

1

×

2

×

3

×

4

×

5

6

7

×

8

×

9

×

10

×

単純集計

A地域が好き 60%

A地域に再び来る 60%

 

 A地域が好きで、また旅行に来るとする回答 20%

 問1と問2をそれぞれで単純集計すると、「A地域が好き」とする回答は60%、「また来たい」とする回答も60%であり一定のレベルとなる。しかし、「A地域が好きで再び来たい人」、すなわちある程度強い意思を持って回答した人は20%に過ぎず、他の人は「A地域は好きでも再び来ない」、「A地域は好きでないが再び来る」と回答し、回答に何らかのギャップを抱えている。設問ごとの分断された単純集計結果60%を基本に「一定のリピート需要が存在する」と評価してしまうと、実際には確固たるリピート意思を持った人は20%にとどまり現実との乖離を生む。そして、80%の人が抱えたギャップの分析は放置される。もちろん、数個程度の設問関係であれば、クロス集計で矛盾の所在を認識することはできる。
 しかし、設問数が多数存在する場合、全ての結びつきや関係性を把握することは困難であると同時に、具体的な意思の強さやそこに潜むギャップの真意は発掘できない。分析型は、回答ごとの意思ではなく、各回答間における意思の繋がりやその強さをデータ分析で認識する。この結果、単純集計で多数でもその意思はギャップを抱え弱い意思であること、逆に単純集計では少数でもその意思が強固であるなどの認識が可能となる。

3.分析型アンケートの概要と入門実践

 表面的回答に隠れた意思・認識の強さやギャップを把握し、課題の所在を抽出することを目的に行われ、「トランスフォーメーション」のためのアンケートと言えるのが分析型アンケートである。

(1)窓口アンケート事例

 分析型アンケートとして、窓口アンケート調査を具体例として説明する(図表2)。下記の例は、民間委託した窓口業務の何を改善する必要があるか、委託者として地方自治体が掘り起こすための事例である。具体的には、「待ち時間」、「対応」、「レイアウト」についてそれぞれ利用者の満足度を回答してもらう内容である。

図表2:窓口アンケート

 

某自治体は、外部委託した窓口業務について、次のアンケート調査を行いました。

1 待ち時間の長さ        1 悪い  2. わからない    3.良い

2 窓口のレイアウト      1 悪い  2. わからない    3.良い

3 窓口の対応           1 悪い  2. わからない    3.良い

4 同じ窓口を再度利用したいか  1 利用したくない 2. わからない   3.利用したい

 

(2)分析プロセス

 図表3の回答結果例で設問ごとの回答を満足度(「良い」とする「3」の割合)により単純集計すると、「待ち時間」67%満足、「対応」33%満足、「レイアウト」20%満足となり、最も満足度が低いのがレイアウトとなる。このため、満足度により判断する場合、最も満足度が低いレイアウトに改善すべき課題があり、レイアウトの改善を最優先に民間事業者に求める。しかし、分析を経ると間違いであることが分かる。満足度が低いから不満と判断する点に問題がある。

図表3:回答結果例

(資料)宮脇淳「統計的思考と政策形成 総務省自治大学校教材」より抜粋

図表4:相関係数表

(資料)宮脇淳「統計的思考と政策形成 総務省自治大学校教材」より抜粋

 窓口を再度利用したいかという「再利用」の設問に対する回答が全体的な窓口に対する評価であることから、この項目に最も影響を与えている結びつきの強い項目は何かを分析する。そのためにデータ分析の初歩的手法である相関分析を活用する。その結果、窓口再利用の評価と一番強く結びついているのは、相関係数が一番高い0.826の「対応」であり、満足度が一番低い「レイアウト」の結びつきは0.03と全く関係ない水準になっている。すなわち、レイアウトに関して利用者は関心を持っておらず、満足度が低いのは不満ではなく関心がないためと判断できる。そして、地方自治体として民間事業者に早急に改善を求めなければならないのは、再利用との相関が高く満足度が低い「対応」となる。加えて、「対応」と「待ち時間」との関係も0.43と一定の結びつきがあり、「対応」に関する満足度の低さは「待ち時間」の満足度にもある程度影響を与える位置づけにあることが分かる。相関分析はアンケートにおけるデータ分析の入り口に過ぎない。しかし、こうした初歩的分析から少しずつアンケートの質を改善する必要がある。せっかく課題改善のためにアンケートを行っても単純集計にとどまれば間違った判断に結び付くリスクがあり、このことは説明責任の質にも影響を与えることになる。

4.おわりに

 分析型アンケートで抽出する対象は、住民等のギャップでありニーズではない。ニーズは、願望的なレベルから生活に必須なレベルまで広範多岐に存在する。単純なニーズ調査は、願望的ニーズも拾い上げる。分析型はギャップを把握することで、必須的ニーズを把握する。こうしたアンケートは、地域の隠れた暗黙知(外部から確認できない隠れた利害等)を形式知(外部から確認できるデータ等の存在)にするため、従来と比べてある意味「不都合な真実」を地方自治体に突きつける恐れもある。しかし、これは地域住民等との間に存在するギャップそのものの顕在化であり、認識し改善に努めなければいつか地方自治体自体の信頼性を失う結果となる。「選ばれる自治体」であり続けるために変革に向けて重要度の高いアンケート調査には分析型アンケートの視点を組み込み、回答者の意思・認識の強さを把握し施策や事業に活用することが求められる。

若生幸也(わかおたつや)
日本政策総研理事長兼取締役
東京大学先端科学技術研究センター客員上級研究員

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