レポート・コラム

【政策を見る眼】脱暗黙知の課題(2022年8月23日)

宮脇 淳

脱暗黙知の課題

「実装」とは、計画や企画にとどまらず実際に機能するように組織や社会に組込むことである。優れた計画や企画でも、組織や社会に組込み機能しなければ、実社会では「机上の空論」にとどまる。今日において、机上の空論にとどまる理由のひとつに、パワーシフトへの不理解と対応不足がある。パワーシフトとは、組織や社会を動かす原動力の変化を意味する。具体的には、2000年代初頭までの「富(モノやカネ)」から2000年代本格化している「情報」への原動力の変化である。富が優先され官の縦割りで寡占的に情報管理された時代から、ICT(Information and Communication Technology)を通じて情報がオープン化する時代となり、社会の原動力が大きく変化している。しかし、その一方でデータの新たな寡占化が生じ、データによる競争的縦割りの再構築が民間領域中心に進む時代に入っている。

頭で理解しても行動に結び付けなければ、機能は劣化する。新たな計画や企画によるチャレンジは、「目的の達成にまい進するか」、「変えようとした既存の構図を強固にするか」のどちらかに進む。新たな計画や企画が、課題として認識した構図をより一層強固にしてしまう逆機能に陥ることも珍しくない。その方向を決めるのは、計画や企画ではなく行動である。コンサルやシンクタンク機能も実装に向けた行動と一体化して、はじめて「机上の空論」を脱する。

同様の矛盾は、DX(Digital Transformation)にも存在する。DXの実装は、すでに多くの指摘があるようにデジタル化ではない。DXの本質は、既存の体質や風土を前提とした効率化ではなく、組織等の体質・風土を変革し、組織や社会の判断・意思決定のプロセスを変えることである。なぜ、DXがデジタル化の進化系として位置づけられるのか。それは、「暗黙知を形式知とすること」にある。

「暗黙知」とは、経験・勘・調整等実社会では不可欠な存在であるものの本人以外から必ずしも確認できない知識を意味する。これに対して、「形式知」とは本人以外から確認できる開かれた知識を意味する。見えづらい存在から見える存在への転換、その橋渡しがデータやデジタル情報である。開かれた知識として根拠を示し、他者と共有することで信頼性が確保される。このため、アナログ的な「従来からやってきたから」、「上の人が決めたから」、「ルールで決まっているから」などの理由付けだけでは不十分となる。そこでは、エビデンスに基づく理由付けと説明が求められる。また、開かれた知識と異なる判断や決定を行うことは当然あり得る。しかし、その際はより高い質の説明責任が発生する。

もちろん、組織内と組織外の情報共有の質は異なる。それも含めて戦略的に判断や意思決定の変革を行うのがDXの目的であり、その実効性の担保をコンサルやシンクタンク機能も果たす必要がある。

宮脇 淳

日本政策総研理事長兼取締役
北海道大学名誉教授

20220823_政策を見る眼「脱暗黙知の課題」(宮脇淳).pdf
TOP