レポート・コラム

【若生幸也の眼】世界標準の規制改革に向けた日本の課題(若生幸也)(2022年8月12日)

世界標準の規制改革に向けた日本の課題

若生幸也
はじめに

日本における規制改革を取り巻く制度は著しく複雑化している。例えば地域単位の規制改革の枠組である特区制度を見たとしても国家戦略特区や総合特区、構造改革特区など複数の仕組みがある。加えて、国家戦略特区の中には地域限定型サンドボックス制度やスーパーシティ、デジタル田園健康特区などと呼ばれるメニューがある。その他に全国単位・企業単位の規制改革の仕組みがあり、この規制改革制度の全体像を正確に理解することは難易度が高いと言えよう。

そもそも日本の規制改革は以上のような仕組みで取り組まれているが、海外先進国の規制改革で重視されている要素とはやや様相を異にする。そこで本稿では規制改革を取り巻く制度の全体像を概観した上で、海外先進国における規制改革の仕組みとして重要な要素を整理し、我が国の規制改革に必要な要素を析出したい。

なお、2022812日付日本経済新聞朝刊で「世界標準の規制改革を」という題名で私見卓見に本稿の要約版を筆者が寄稿している。合わせてご覧頂きたい。

1.規制改革を取り巻く制度の全体像

先にも言及したとおり、日本の規制改革を取り巻く制度は著しく複雑化している。これらの規制改革制度自体の再整理も必要であろうが、以下図表では、この全体像を概略的に提示する。

図表:規制改革と取り巻く制度の全体像(概要)

出典:筆者作成

まず規制の導入時には、総務省行政評価局が所管する「規制の政策評価」(事前評価)が規制導入時の事前評価を各規制所管府省に求めている(対象は法律と政令のみ)。しかし、この仕組みは実質的にペーパーワーク化しており、比較的容易に算出可能な規制遵守費用(規制を守るために必要な民間事業者側の規制対応負担で対応する人的費用と設備投資に分かれる)の定量化率も約4割と伸び悩んでいる状況にある[1]。一定期間後には実施後評価として事前の認識・実施後効果・課題などを検証する「規制のPDCAサイクル」を意図しているが、事前・事後ともに規制の政策評価に真摯に取り組むインセンティブや仕掛けが乏しいので狙いどおりとは言いがたい状況にある。

以上の仕組みは一件ごとの規制に関与する仕組みであるが、全国単位の規制全体に広く関係する仕組みが規制改革推進会議とデジタル原則による規制見直しである。規制改革推進会議では個別テーマについて各論を議論し答申結果で規制改革に結びつける仕組みである。デジタル原則による規制見直しは目視・対面などいわゆるアナログ規制と言われる規制をセンサーやドローンなどの代替する手段でも規制対応を行えるようにする仕組みである。

昨今注目されているデジタル原則によるアナログ規制見直しは、デジタルという観点で規制全体に対して一律に投網をかける重要な仕組みであるが、規制そのものの要否を判断することはないため、国民・民間事業者側の規制負担軽減は意図しない限り限定的となるおそれもある。それはアナログ対応でなくてもデジタル対応のためには設備投資という規制遵守費用が発生するためである。規制のデジタル対応が可能な認証製品・サービス群のカタログを政府が整備する方針(テクノロジーマップ)[2]も示されているが、規制改革という面からは市場を作るという観点以上に、国民・民間事業者の規制遵守費用を下げるという観点が重要な点を強調しておきたい。

次に地域単位の規制改革の仕組みとして、国家戦略特区や総合特区、構造改革特区がある。大きく分けて特区制度を分ける軸は①規制改革の有無軸と②税財政措置の有無軸があり、①規制改革のみが国家戦略特区と構造改革特区、①規制改革と②税財政措置がセットの仕組みが総合特区と理解すれば良いだろう。新たな規制改革メニューを生み出す機能は、より制度的に新しい仕組みの方が政治的・行政的パワーを投入できることもあり、多くが国家戦略特区に依っている。

とはいえ、その国家戦略特区でさえも、筆者が「国家戦略特区による規制改革全国展開機能の検証」で示しているとおり、全国展開された規制改革に占める国家戦略特区の役割は増加傾向にあるものの依然として3割にとどまり、本来支障がなければ全国展開すべき2年超特区と全・全国展開合計に占める特区経由全国展開の割合は15.9%にとどまり低調と言わざるを得ない。なお、既存の地域単位の規制改革メニューを使えば済むという場合には既存の特区制度を地域で活用する選択肢もあるだろう(例:構造改革特区のどぶろく特区による地域でのどぶろく製造など)。

近年注目を浴びたスーパーシティは①規制所管府省との規制改革事項の合意有無、②先端的サービスの事業者参画有無を「熟度」要件[3]として課したため、全体として小粒な規制改革メニューで複数合意にこぎ着けた地域がスーパーシティ、医療関連のみでひとつ合意にこぎ着けた地域がデジタル田園健康特区として指定されており、「名を捨て実を取る」多くの自治体ではデジタル田園都市国家構想推進交付金の獲得に軸足を移す動きが見られた。

企業単位の規制改革の仕組みとしてはグレーゾーン解消制度や新事業特例制度、プロジェクト型サンドボックス制度などがある。グレーゾーン解消制度は白黒はっきりしないものを白黒はっきりさせる仕組みであり、新事業特例制度は安全保護措置を前提に黒を白にする仕組みである。プロジェクト型サンドボックス制度は各種業法を除外することを主眼にした実証実験を行う仕組みとして構築されている。基本は経済産業省が所管する規制改革の仕組みであるため、経済産業省の規制所管府省との折衝機能に依拠する。グレーゾーン解消制度は白になるだろうと思って申請し、実際に黒と判断されてしまう場合や、他社サービスに制約をかけるために黒になるだろうと思って申請する場合も想定される。

2.海外先進国における規制改革の仕組み(重要な要素)

結論から言うと、筆者が海外先進国の状況を踏まえ、規制改革の仕組みとして重要な要素を抽象化して抜き出すと以下図表のような整理が可能と考える。先に示した日経の私見卓見で言及した点は35である。先進各国で実施されている内容は以下で言及している。

図表:抽象化した海外先進国における規制改革の仕組み(重要な要素)

出典:筆者作成

 1点目が政治による規制改革推進体制に関する強力なリーダーシップである。ここでは規制改革方針の設定と高い数値目標設定による政治の強力なリーダーシップ確立が重要であり、先進各国では規制遵守費用の削減を数値目標として設定している。

2点目が全体の規制に関する規制遵守費用の算出である。数値目標を設定するためにはまず全体の規制遵守費用の算出で基準を作る必要がある。そして新規規制の導入時には規制遵守費用の算出を前提とする。

3点目が規制導入と見直しの連動の仕組み導入である。規制負担1増を打ち消す規制負担2減を義務づけることをOne-in Two-OutTwo for One12減ルール・21ルール)と言う。単純な数ではなく規制遵守費用の増分を打ち消すことが重要なので、規制遵守費用の導出がこの仕組みの大前提となる。

4点目が中小企業に対する温かいまなざしである。同じ規制負担を大企業と中小企業に課すのは中小企業にとって負担が重いことに配慮した軽減策・免除規定の仕組みである。

5点目は質の低い規制導入は第三者委員会が差し止め機能を有し妥当性判断である。規制の政策評価を適切に行わなければ規制導入は困難な仕組みであり、質が低くても進めようと第三者委員会の意見を無視して政治が押し切ると報道される英国のような事例もある。

6点目がサンセット型規制導入や事後評価の標準化である。豪州では時限立法の定式化により、事後評価を実施する機会が減っているとも言う。時間という誰にでも訪れる評価軸を基本にするのが特徴である。

3.海外先進国における規制改革の仕組みに対応させた日本の状況(評価)

以上を踏まえ海外先進国における規制改革の仕組みに対応された日本の状況は以下図表のとおりとなる(△は一部実施、×は未実施)。

①政治による規制改革推進体制に関する強力なリーダーシップはデジタル原則による規制見直しで見える程度で、推進体制自体に問題意識を持ち強力なリーダーシップを発揮しているとは言いがたい。②全体の規制に関する規制遵守費用の算出は行政手続コストの全府省での算出は済んでいるが、規制対応の設備投資までは踏み込んでおらず、規制遵守費用としては一部にとどまっている。

③規制導入と見直しの連動の仕組み導入、④中小企業に向けた温かいまなざし、⑤質が低い規制導入は第三者委員会が差し止め機能を有し妥当性判断については、我が国では規制改革の包括的枠組として全く導入されていない。

⑥サンセット型規制導入や事後評価の標準化は、事後評価の標準化はなされているが、時限立法が標準化されているわけではない。

図表:抽象化した海外先進国における規制改革の仕組みと日本の状況(評価)

出典:筆者作成

おわりに

本稿では各種経済団体での講演内容を基礎として、世界標準の規制改革に向けた日本の課題を整理した。日本の規制改革の仕組み自体が非常に複雑化しており、先進諸国の取組で標準形とされている規制改革の枠組はあまり取り入れられていないことが明確化したと言える。規制改革推進体制・仕組みに対するリーダーシップを政治に期待し、本稿がその見直しの一助となることを期待してやまない。

 

若生幸也(わかおたつや)
日本政策総研副理事長兼研究主幹
東京大学先端科学技術研究センター客員研究員

【若生幸也の眼】「世界標準の規制改革に向けた日本の課題」(若生幸也).pdf

[1] 総務省行政評価局「規制に係る政策評価の点検結果」(令和2年度分)

[2] デジタル臨時行政調査会「(別紙)デジタル原則に照らした規制の一括見直しプラン」

[3] 内閣府地方創生推進事務局「スーパーシティの区域選定の進め方」

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