レポート・コラム

【若生幸也の眼】規制改革目標としての遵守コストの妥当性(2023年3月28日)

規制改革目標としての遵守コストの妥当性

若生幸也
はじめに

現在、政府では「デジタル原則に基づくアナログ規制の点検・見直し」が進められている。今国会にも「デジタル社会の形成を図るための規制改革を推進するためのデジタル社会形成基本法等の一部を改正する法律​案」が提出されている。デジタル原則に基づくアナログ規制の点検・見直しとは、約4万件の法令に規定されている①目視、②実地監査、③定期検査・点検、④常駐・専任、⑤対面講習、⑥書面掲示、⑦往訪閲覧・縦覧に係るアナログ規制について、ドローン・センサー・オンライン会議システムなどデジタル技術を活用した規制対応も可能とする横断的な点検・見直しを図るものである。なお、規制とは社会秩序の維持、生命の安全、環境の保全、消費者の保護等の行政目的のため、国民の権利や自由を制限し、又は国民に義務を課すものである。

このようにデジタル技術を活用した規制対応を可能とする場合、国民・事業者のデジタル技術の設備投資費用や運用費用も加味した規制負担総量の削減が求められる。我が国では規制改革目標として「行政手続コスト」が2017年度から2019年度にかけて設定され、この削減目標として2019年度中に2017年度比20%の削減を各府省に求めた[1]。一方、この行政手続コストでは設備投資費用や運用費用、直接金銭負担は加味されていない。このため、デジタル原則に基づくアナログ規制改革時代には行政手続コストを目標設定とするのは不適切である。規制負担総量の削減を目指すには遵守コストを明らかにする必要があり、以下では行政手続コストの削減が規制改革目標となった背景や遵守コストと行政手続コストとの異同、デジタル原則に基づくアナログ規制改革時代の目標設定の在り方について論じる。

1.行政手続コストの削減が規制改革目標となった背景

規制改革推進会議行政手続部会「行政手続部会取りまとめ~行政手続コストの削減に向けて~」(平成29年3月29日)によると、検討経緯の中で諸外国の取組について整理している(以下図表参照)。ここでも明らかなとおり、デンマーク・米国が2001年から、英国が2005年から、ドイツが2006年から、フランスが2007年から「行政手続コスト」の削減を謳って取組を進めた。

その後、英国(2010年開始)やドイツ(2015年開始)でのOne-in, One-out(1増1減ルール)や英国でのOne-in, Two-out(1増2減ルール)、カナダ(2012年開始)でのOne for One(1増1減ルール)、米国(2017年開始)でのTwo for One(1増2減ルール)に結びついている様子が分かる。ここでの「増減」は単純な数の増減というよりも「遵守コスト」を対象として規制負担増分に対してそれを打ち消す規制負担削減を求めている。

すなわち、諸外国の規制改革でも当初は算出しやすい「行政手続コスト」削減を目標として、その後、規制負担の総量キャップをかけるために「遵守コスト」削減目標に移行している。このため、我が国でも事業者ニーズの把握結果などを踏まえ、比較的算出しやすい「行政手続コスト」を目標として設定したと言える。


図表:欧米諸国の行政手続コスト・遵守コスト削減の取組について

出典:規制改革推進会議行政手続部会「行政手続部会取りまとめ」

2.遵守コストと行政手続コストとの違い

そこで、遵守コストと行政手続コストの対象となる要素の異同を認識する必要がある。遵守コストと行政手続コストとの大きな違いは以下図表のとおりである。端的に言えば、遵守コストと行政手続コストが共通して対応するのは「規制対応・行政手続に係る人員負担」分を見る点にあり、「人件費単価×規制対応・手続対応時間」で算出される。

一方、遵守コストにあるが行政手続コストにない視点が「設備投資・運用費用負担」と「直接的金銭負担」であり、それぞれ「設備投資費用・運用費用」と「利用料・手数料」で算出される。つまり、遵守コストの方が国民・事業者の負担総量を表しており、設備投資・運用負担や直接金銭負担が増える状況にあってはこれらの視点が極めて重要となる。

図表:遵守コストと行政手続コストとの違い

出典:筆者作成

3.デジタル原則に基づくアナログ規制改革時代の目標設定の在り方

デジタル原則に基づくアナログ規制改革時代には、仮に「行政手続コスト」が削減されたとしても、「遵守コスト」が増加する可能性がある。この理由は、デジタル対応には設備投資・運用負担が欠かせないからである(以下図表参照)。このテクノロジーマップの中身を見ると、各アナログ規制に対応するデジタル対応手段は、オンライン手続、ウェブ会議、カメラ、センサー、ドローンなど比較的安価と想定される手法から、画像診断、ビッグデータ分析、デジタルツイン、3Dモデリングなど相応の費用が想定される手法までが混在している。当然技術の普及期に入れば劇的なコスト削減も期待できるが、あくまでそれは将来の話である。各種資料を見ると、規制のデジタル対応による市場形成(「成長産業の創出に寄与」との文言が見られる)も企図しているようだが、規制改革である以上、市場形成もさることながら、国民・事業者の規制負担総量の削減の観点が不可欠である。

実際にこのデジタル技術の技術検証費用に令和4年度補正額45.1億円が計上されている[2]。これは技術検証費用であるため、国民・事業者の設備投資・運用費用負担を直接表しているものではないが、技術検証にこれだけの費用が計上されている以上、国民・事業者全体で見れば相応の設備投資・運用費用負担があり得ると言える。

このため、これまでの規制改革目標として中心的位置づけとなっていた、行政手続コストのみではこれらの設備投資・運用費用負担や直接金銭負担に関する観点が欠落するため、諸外国と同様、一定の行政手続コスト削減の次には、遵守コスト削減を目標として掲げることが望ましい。それはデジタル原則に基づくアナログ規制改革時代には極めて重要な観点となる。

図表:テクノロジーマップ

出典:デジタル臨時行政調査会「デジタル原則に照らした規制の一括見直しプラン()について」

おわりに

本稿ではこれまでの規制改革目標とされてきた行政手続コスト削減のみでは、新たな動きであるデジタル原則に基づくアナログ規制改革時代の目標としてはふさわしくないことを明らかにした。その上で、諸外国も移行した遵守コストを規制改革目標とする妥当性を整理した。

なお、デジタル原則に基づくアナログ規制改革は進めるとしても、諸外国の世界標準たる規制改革の取組とはやや様相が異なる。我が国でも1増1減ルールなど規制負担総量を増加させない規制改革推進体制や仕組みを構築したい(なお、日本維新の会からも2022122日に2対1ルール(1増2減ルール)が議員立法として国会提出)。それらをまとめた内容は筆者の執筆した「世界標準の規制改革に向けた日本の課題」[3]に詳しい。またその概要は日本経済新聞の私見卓見に「世界標準の規制改革を」[4]に記している。関心のある読者は参照されたい。

若生幸也(わかおたつや)
日本政策総研副理事長兼研究主幹
東京大学先端科学技術研究センター客員研究員

【若生幸也の眼】「規制改革目標としての遵守コストの妥当性」(若生幸也).pdf

[1] 規制改革推進会議行政手続部会「行政手続部会取りまとめ~行政手続コストの削減に向けて~」(平成29329日)

[2] デジタル庁「令和5年度 予算・機構定員の概要」(令和412月)

[3] 若生幸也「世界標準の規制改革に向けた日本の課題」日本政策総研、2022年8月12日 

[4] 若生幸也「世界標準の規制改革を」日本経済新聞朝刊、2022812

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