レポート・コラム

【財政を見る眼】財政推計の意義と地方議会の予算審議(2022年4月12日)

財政推計の意義と地方議会の予算審議

宮脇淳

地方議会の予算に関連しよく指摘される事項として、議会と首長・執行部との間の予算編成権・執行権の関係がある。首長・執行部の予算編成権・執行権を過度に強調すれば、議会のチェック機能は形骸化する。一方で議会が個別事業の是非に終始すれば、首長・執行部は予算編成権・執行権を強調しやすくなる。こうした矛盾・逆機能的構図に対し、地方議会として重視しなければならないことはこうだ。それは議会が予算審議を通じたチェック機能だけでなく、単年度予算にとどまらない財政運営全体に対する意思決定機能を有している点である。すなわち、財政民主主義としての本質的機能である。この意思決定において、全体として財政運営の整合性判断が極めて重要であり、そのために首長・執行部は必要な情報提供を予算編成権・執行権を理由に制限することなく、議会と共有する姿勢が前提となる。

「財政運営の整合性」とは、個別事業が体系化された全体像に相互矛盾がなく、財政運営の持続性に齟齬のない内容となっていることを意味する。個別事業の展開によって、財政運営全体にジレンマ・ギャップが生じるとすれば、議会として積極的に是正する姿勢が必要である。なぜならば、財政・予算は「数字に凝縮された住民の運命」であり、そこでは公会計の大原則、すなわち「将来、住民に不利益が生じる事項は、可能な限り共有すること」が財政民主主義の視点から求められるからである。

議会が財政運営の全体像とそこで抱えるリスクを認識し、予算のあり方とその限界を議論するために不可欠な情報のひとつが「財政将来推計」である。財政に関する将来推計とは、将来に向けた単なる予測ではない。将来の住民負担や財政運営の姿を考えるための「ものさし」である。推計は、一定の前提で将来を見通した仮の数字であり、制度や環境の変化によって示された仮の数字には当然ズレが発生する。ズレが発生することが不適切なのではなく、その「ズレ」を推計と言う「ものさし」で認識できることに大きな意義がある。そして、ズレに対して財政運営や政策の視点からどのように対処するか否かを検討するのが政策過程の議論であり、リスクマネジメントにも資する。

政策は、過去から学び将来に向かう議論である。将来に向かう議論である以上、そこでの制度や環境の変化が生じるのは必然であり、むしろ不確実な事項によってズレが生じるのが政策議論の本質である。不確実な点を取り上げて、「仮の議論を行わない」とする主張は政策議論を放棄するに等しい。ズレを認識せず、不確実な事項が顕在化することで生じる問題点を先送りし、対処方法を積極的に議論しないことに問題の本質がある。財政将来推計の設定に消極的な理由として、①制度や環境の変化があること、②推計が一人歩きをすることなどもある。制度や環境の変化は当然であり、それにより発生するズレこそ政策議論にとって重要である。将来のものさしを示さないことは、個別政策議論にも重大な矛盾を抱えることを改めて認識すべきである。なぜならば、特定事業が将来も含めた財政運営全体に矛盾なく整合性を確保している根拠やリスクを説明できないからである。

宮脇淳(みやわきあつし)
日本政策総研理事長兼取締役
北海道大学名誉教授

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