レポート・コラム

【政策を見る眼】DXと機会コスト(2022年4月19日)

DXと機会コスト

宮脇淳

自治体の行政経営に影響する要因は多様であり、①人的資源、②資金力、③政策力、④ネットワーク力、⑤情報力などを柱に広範に及ぶ。こうした要因の全てに、決定的かつ広範な影響を与えているのが情報通信革命(ICT)とその先にあるDX (Digital Transformation)である。情報通信革命は、インターネット、クラウドなど通信手段の問題にとどまらず、人間社会の情報の流れの質と量を変化させ、個人あるいは人間集団の意思決定の構図に影響を与えることで、地域の経済社会活動にも変化をもたらす。「情報」は、組織・地域・国の内外を問わず人間関係を形成する中核的要素であり、「情報化」は、その情報の「集積」と「伝達」の流れを変えることを意味する。地方自治体と民間組織の間で展開される民間化の取組も同様である。単に、職員数削減や財政コスト抑制のために行うのであれば、すぐに限界に達する。DX時代の民間化の取組の本質は、行政と企業・住民の間の情報の集積と伝達の流れを変え、実質的な権限や責任の配分、その先にある意思決定や人間行動の質に変革をもたらすことにある。DXは、単なるデジタル化ではなく行政改革と官民間の関係改革を意味している。

DXによる情報の集積と伝達の変化の中核は、転換コストと伝達コストの変化にある。転換コストとは、情報の存在形態を変えることに伴う経済的・非経済的負担であり、具体例として行政組織では申請書類の転記、言語の翻訳、文書作成等がある。これに対して、伝達コストとは、存在する情報を伝えることに伴う経済的・非経済的負担であり、例えば窓口での住民の申請対応や面談、行政内部の稟議制度に伴う負担、情報共有のための会議等である。

転換コストや伝達コストの増大は、機会コストを悪化させる。機会コストとは、転換や伝達のコストが増大したことで、他の有用な活動ができないことで生じる犠牲的コストを意味する。したがって、逆に機会コストの低減は他の活動に振り向ける時間・経済的余裕を増大させる。DXの大きな役割の一つは、こうした余裕を作り出し、新たな創造や付加価値の拡大に振り向けることにある。機会コストは、住民側・職員側、行政側・民間側の両方に生じる。仮にコストが住民側から職員側、行政側から民間側に転移しただけとすれば、社会的厚生(社会全体の利益)は改善しない。

一方で民間化の取組は、これまで行政内に蓄積していた情報を分散化させる要因となる。行政が公共サービスを直接提供してきた段階には、基本的に行政内部に情報が直接集積していた。実際に窓口業務や公民館での対応を通じて、業務の問題点や住民意見等を一元的に把握することができた。しかし、民間化により窓口業務が委託された場合、行政が直接的に現場の情報を把握することが今までより困難となる。担当部門までは情報が共有されても、組織として横断的にノウハウの共有を図るには、構造的課題が存在する。この構造的課題を克服するには、情報の蓄積と伝達の構図を変え、合わせて権限と責任の配分を変革すること、すなわち組織的改革が必要となる。これを実現できなければ、全体の効率性はむしろ低下し、行政そして民間化の機会コストを拡大させるとともに、将来に向けた自治体経営にリスクを抱えることにもつながりかねない。 

宮脇淳(みやわきあつし)
日本政策総研理事長兼取締役
 北海道大学名誉教授

【政策を見る眼】「DXと機会コスト」(宮脇淳).pdf
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